秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。

「あぁ、そういえば那月君にはもうその話はしてあるの?」
「・・・あ」

そう言われてハッとする。

藤代那月。

幼い頃に両親を亡くした私を引き取ってくれた親戚の家の息子だ。大学に進学するまではずっと一緒に住んでいた為、従兄弟とは言っても家族のように一緒に育ってきた。

大学に進学するタイミングでお互い家を出たのだが、お互いの家の合鍵を持ち合っている程に今でも仲が良い。

だが昔から私に対して心配性で過保護な那月の事だ。今の状況を話せば一体どんな反応をされるのか怖い所ではあるが、それでも連絡を先延ばしにするのは良くない。


「ありがとうございます、那月にもちゃんと連絡しますね」
「うん。それじゃあ無理せずに頑張ってね」


そう言って店長との通話を終え、画面をいくらか操作してから次は那月に電話をかけようとする。

だが平日の朝。よく考えれば会社員勤めをしている那月にこの時間に電話を掛けるのは非常識だろうと直前になって気がついてから発信ボタンを押す手を止め、そのまま携帯を近くのローテーブルに置いた。





「・・・絵、描かなきゃ」

自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がり、三波さんに渡されたインスタントのカップスープにお湯を注いでからデスクに異動する。

デスクにはイラストを描く為の機材が一式揃っていて、元々自分が持っていたものよりいくつかグレードの高いものであろうペンダブを手にとる。
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