秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。





「・・・ごめんなさい」

帰路を辿る時秋世さんの車の中で、私は初めて秋世さんに頭を下げた。

「そう素直に謝られると調子狂いますね」
「・・・怒っていないんですか?」
「怒ってないですよ。あの留守電を聞いても、焦りもしませんでした」

留守電を聞いても焦らなかった。そんな言葉に驚いて目を見張る。

「どうしてですか?」
「四宮さんが1人では飛行機に乗れないって分かってましたから。もし連れの人がいても、兄さんですら四宮さんを飛行機に乗せられなかったんだからまぁ無理だろうなと」
「・・・・・。」

別に秋世さんを焦らせる事を目的として留守電を残したわけでは無かったが、そこまで冷静に分析されていたのだと思うとどこか面白くなかった。

──無理してこんな事しても無駄だって分からなかったんですか?

そしてあの時の秋世さんの言葉は、そこから来ていたのだと気がつく。思い返してみればあの時の秋世さんは特に怒った様子でも焦っている様子でもなかった。

私がそこでそうしている事をあらかじめ分かっていて、そしてそんな私に呆れているようだった。

「これからは大人しくしていて下さいね。といっても、今回の事で東京から離れる事で出来ないのは分かったかと思いますが」
「・・・はい」

もう、大人しく返事をする他なかった。

私は飛行機を克服できた訳ではなかった。
でもそんな飛行機に、高人さんでも那月が一緒でも乗れなかった飛行機に、私はこの人と乗った。

その大きすぎる事実から目を反らすように私は目を伏せた。


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