スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 今まで付き合ってきた女性の中にも、結婚を望んでくれる相手はいた。けれど啓五には結婚の意思や願望など一切なかった。

 まだまだやりたい事が多く、相手の都合にスケジュールを合わせられると約束できない。そこまで本気にもなれない。そして何より、面倒な一ノ宮家の事情に他人を巻き込みたくはない。複雑に絡み合う悪意の前に、無関係の人間を晒したくはなかった。

 環の言う通り、そういう意味では啓五には覚悟が足りない。だから今は、結婚なんて考えられないけれど。

「その気がないなら止めろよ。陽芽ちゃん、気が強くて何でも出来そうに見えるけど本当は純情乙女なんだから」

 いやいや、純情乙女がその日会った男の誘いに乗るか? と言うつもりはなかった。誘い出した啓五が言うべき言葉ではない。

 でも確かに、反応は良かった。可愛らしい印象や恋人との交際期間から勝手に男慣れしているのかと思っていたが、意外にも触れた時の反応は初々しかった。むしろ快感に慣れていない印象さえあって、それが余計に可愛かった。

 陽芽子の事を思い出すとまたあの夜に戻りたくなる。見つめ合って、触れ合って、名前を呼んでもらいたくなる。もう一度、会いたいと思ってしまう。

「ていうか、たま。陽芽子がうちの社員だって知ってただろ。何で先に言わないんだよ」
「え? だって陽芽ちゃんの勤務先、クラルスだろ? お前次はグランって言ってなかったっけ?」
「それは俺じゃない」
「なんだ、相変わらず一ノ宮はややこしいな」

 環が困ったように肩を竦める。その様子を見て、半分まで減ったマティーニの中に再び重いため息が溶ける。

 ルーナ・グループは取り扱う商品や業態によって四つの会社に分化しており、しかも主な経営陣は通常よりも早いスピードで入れ替わる。かく言う啓五もグラン・ルーナ社、アルバ・ルーナ社、ヴェルス・ルーナ社の順に各社を巡り、その内情を叩き込んだ上でクラルス・ルーナ社の代表取締役副社長になった。
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