√セッテン
ホームに上がって、山岡の降りる駅の階段に一番近い4両目の乗り込み口の前に立つ。

「……お前は俺のこと、好きだって言ったよな」

「え? ええ、あ、うん…」

山岡は驚いてぱっと俺の顔を見て、それからさっと下を向いた。

「好きになるって、そんなに簡単な問題じゃないよな。そう言う真剣な思いは……」


電車がホームに入ってくる。


ファン、と大きなクラクション音が鳴る。


俺の言葉は、電車の加速音と、空気を裂いていく電車の勢いに飲み込まれた。

山岡の短い髪が、風に煽られて激しく波打つ。

ホームにいる、他の誰にも聞こえなかっただろうが

ちゃんと聞こえただろう。


「それは、潤が決めることじゃないよ」

山岡は黙ると思っていたが、意外にも答えが返ってきた。


「潤を知りたいと思うのを、潤が拒絶することはできるけど、私が知ろうとするのを、止めることなんてできないよ」


ホームに入ってきた電車が、減速していく。

「潤が、死の待ち受けを解き明かそうとしてるのと同じ」

ゆるやかな風が、俺と山岡の間を流れる。


『そう言う真剣な思いは、俺に向けるべきじゃない』


電車のドアが開く。


人が溢れて出てくるのを視線の端に置いて、山岡と視線を重ねたまま、数秒固まる。

「敦子も言ってたけど、潤はそういうところ、直した方がいいよ」

「……」

「潤には理解できないかもしれないけど、好きな気持ちってそういうものだよ」

人の波が、ホームからはけていく。

ポカンと、電車のドアが口を開けて俺と山岡を待っている。

拒絶をしたつもりではなかったんだが。
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