信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

 婚約したのはいくつの時だったか…。
二人とも記憶が曖昧だ。当時はまだ先の話だと気にも留めていなかった。
祖父同士が相談して条件など色々取り決めたのだろう。

 婚約して暫くは特に会う事も無かったが、いきなり結婚の話になった。

 樹は27歳の頃、アメリカの大学に資格を取る為留学していた。
突然、彼の元に祖父が緊急入院したと連絡が入ったのだ。
飛んで帰って祖父の病室に行くと、セーラー服姿の彩夏がいた。
祖父のベットに寄り添い、手を握っている姿が美しかった。
薬の匂いがする病室の中で、彼女だけが全く違う雰囲気を纏っていた。
健康的で、明るい。少女から大人になりかけた時の独特の色気さえある。


『生きているうちに、二人の結婚を見届けたい。』

 祖父の希望に、親友の森下順三も折れた。
まだ彩夏には早いと反対していたが、遺言のように言われてはどうしようもなかった。
老い先の短い祖父を喜ばせようと、二人とも婚姻届けに迷わずサインした。
紙切れ一枚がどんな重みを持つのかなど、考えもしなかった。
彩夏も同じ気持ちだったのだろう。ただ、じっと樹の顔を見つめていた。

 半年ほど祖父は頑張ってくれたが、力尽き帰らぬ人となってしまった。
会社の方針で大きな告別式が開かれたが、樹は彩夏と会えないままだった。
森下順三と彩夏はひっそり弔問してくれたらしい。
それも、後から秘書の江本郁子に聞いた。祖父が彩夏を婚約者候補にした頃から
森下家との連絡は江本の担当だった。




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