信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

 まだ薄暗い時間に樹は目覚めた。眠りの浅い彼は、
彩夏を抱いた後少しまどろんだだけで目が覚めてしまった。
ベッドにはむき出しの肩と背を見せて、彩夏が眠っていた。
規則正しい息使いが聞こえる。

『無理をさせたか…』

 彩夏は初めてだった。

 自分と形式上は結婚していても、これだけ会っていなかったのだ。
正直、彼女に純潔を求めてはいなかった。
だが、現実に抱いた妻は、自分が初めての男だった。
優越感のような、ズシリと重い責任感のような物がのしかかってきた。

 彼女の首筋を見たら、また求めたくなってきた。
そっと肩口から唇を這わせると彼女がピクリと動いたが、
眼を開けることはなかった。疲れて深く眠っているのだろう。
でももう一度…と思い始めた時、スマホに着信があった。
江本からだ。こんな時間に何事かとメッセージを開くと、とんでもない文字が目に飛び込んできた。

『急いで帰らなければ…』

樹は未練がましく彩夏の裸体を抱きしめ、ベッドからゆっくりと降りた。

 薄暗い中で身支度を済ませ、そっと部屋から出て行った。
この時間なら、羽田への初便に間に合うだろう。
心残りはあるが、江本からのメッセージには面倒な予感がする。

 まだ、階下にも人の気配は無い。
遠くで馬の嘶きが聞こえた気がする。玄関のうち鍵を外して重厚なドア開けた。
早朝の空気は肺の中まで冷たく浸透していった。
玄関脇のパーキングに止めておいたSUVのシートにもたれると、
次々に降りかかる厄介な案件にため息が出そうになった。
静かな牧場にレンタカーのエンジンの音が響いた。

こんな調子で、彩夏にいつ会えるだろう…。

今度こそ、大切にする。そう、樹は自分自身に誓っていた。



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