オスの家政夫、拾いました。1. 洗濯の変態編
「ほら、私もうそろそろ出なきゃいけないから。早く。…もしかして知らなかったりします?!」
こういうときはある程度こっちから急かした方が、物事がスムーズに進行するのを知っている。彩響はわざと腕時計を指で叩きながら音を立てた。


困った顔で深呼吸を繰り返す寛一さん。やがて、彼が一大決心でもしたように顔を上げ…


「い、行ってらっしゃい。彩響…さん」

(…!)

「は、はい、寛一さん。じゃあ、又後で」

彩響は急いで玄関をでてドアを閉めた。でもそこからしばらく離れることはできなかった。
そのまま座り込んで、赤くなった自分の顔を手で扇ぎたてる。

(やばい、今のは正直ちょっとドキッとしたかも…自分から名前で呼んでーとか言っておいて、何照れてるの、私…)

「ふう…出勤だ、出勤。早く行かないと」

立ち上がって、階段を降りて、駅までの道を歩く。その道の途中で、ちょっと赤くなった顔がさめ、やっと彩響は平常心に戻ったのを感じた。

もう、認めよう。自分は嬉しいのだ。

仕事初めて、独立して、婚約者と別れて、長い間ずっと下の名前なんか忘れてしまうくらい、面白みのない地味な人生を歩んできたから。身近に名前を呼んでくれる人が出来たことがとても嬉しい。
自分の姿で安らげる本物の「スイートホーム」ができたようで、どうしても気分が浮わついてしまう。高校生みたいで恥ずかしいけど。


(あ、もちろん寛一さんには職場なんだけどね)

でも、勤務時間以外なら彼にとっても「マイホーム」になるのだから、心地よい場所になって欲しいと思う。

「まだちょっと心配だけど、やはり雇ってよかったかもね、家政夫」

これからも大丈夫。きっと楽しくやっていける。

そんなことをつぶやきながら、彩響は駅への道を急いだ。
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