エル・ディアブロの献身
砂糖の味を知った蟻は

 その分厚い壁を砕く趣味もなければ、乗り越えてやろうという根性だって、ない。

「……花梛、」

 だからといって、他に目を向けれるかといえば、それは自分にだって分からないことだった。

「……仕事中にごめん。でも俺、諦められないんだ……だから、このあと、時間、欲しい」
「……」
「少しだけでいい。話がしたいんだ。駅前のファミレスで待ってるから、き」
「行きません」
「……来て、欲しい……頼む、」
「行きません」
「……花梛」
「ご注文がないのであれば、失礼いたします。他のお客様にもおうかがいしなくてはいけないので」

 静かに開いた職場のドアに視線を向け、「いらっしゃいませ」を吐き出せば、昨日ぶりに見る、できれば、関わらずにいたい存在がそこに。
 三日連続は予想していなかったな。
 なんて思うも、店に足を踏み入れた以上は、彼はお客様だ。平静を装い、勧めたくもなかったけれど「おひとり様でしたら、カウンターへどうぞ」と手のひらを上にして前に出すという動作をした。
 すると彼は、素直にカウンター席へと座り、素直にカクテルを注文し、素直にそれを口に運んだ。
 私語はおろか、注文以外での発声をしなかった、彼。もう二度ほどそれを繰り返し、ラストオーダーの時間が近付いたところで、彼はお酒を嗜みに来ただけかと少し油断した。
 その、少し、を彼は見逃さなかったのだろう。
 ラストオーダーの一時間後が閉店時間だと、店の表にもプレートを掲げてある。それを見越しての「待ってるから」だろうことは明白だった。

「……チェックを、」
「……かしこまりました」

 接客。それ以上のことは絶対にしない、と毅然とした態度でいれば、彼は苦い顔をして、この茶番を終わらせるための言葉を吐いた。
< 14 / 55 >

この作品をシェア

pagetop