あの日、小猫と出会ったから
温かい雨
「どうした、ジェイミー。ごろつきと喧嘩でもしたのか?」
 俺の顔を見て苦笑し、大将は濡れたタオルを手渡してくれた。
「いや、また電柱に激突した。黄昏時は見えにくいんだよ」
 それっぽい言い訳をして、俺は傷口を拭く。硝子に映して見ると、思ったより腫れてる。
「ほら、こっち来て座れ。ちゃちゃっと手当てしてやるから」
 怪我が左側に集中していたから、言い訳に説得力があったらしい。大将はわざわざ料理の手を休めて、手当てしてくれた。ごつい顔をしているが、優しい人だ。
「大変だな、お前も」
「何が」
「片目だと、何かと不便だろう? 職探しだって楽じゃ無いだろうし」
「まあ、ね」
 大将が知っている俺は、『孤児で、隻眼で、日雇いの仕事を頑張っている健気な少年』だ。出会った時に話した、デタラメな生い立ちを信じてくれている。『勝手に養護院から逃げ出した、虹彩異色の、人の懐から金をくすねている掏摸』だなんて、きっと夢にも思っていないだろう。
 チクリ、と胸の奥が痛む。俺は騙しているのだ、大将を。
 本当にこのままで良いのか? あいつが再び問いかけて来る。
 大将は口端の傷に薬を塗ってくれた。ふわり、と痛みが遠のいて行く。結局、口端に絆創膏、痣に湿布を貼ってもらって手当ては終わった。礼を言う俺の頭をぐりぐり撫でて、大将は目を細める。
「本当に気をつけろよ。大事な右目まで失くしちまわないようにな」
「そうだね、気をつけるよ」
 本当に楽になった。大将が手当てしてくれなかったら、今夜は痛みで眠れなかったかもしれない。
 料理に戻った大将は、俺が注文した二人分のフライサンドをパックに詰めながら言った。
「そういえば、パトロールで回ってる巡査から聞いた話なんだが」
「何?」
「最近、この辺りに掏摸が闊歩しているそうだ」
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