あの日、小猫と出会ったから
「失礼いたします」
 綺麗な声がそばに来て、囁いた。リサと呼ばれた子だ。揺れた空気に乗って届く、花の香り。養護院にもあった花だ。ジャスミン、だったか。
「このスカーフ、外しても差し支えありませんか?」
「ええと……」
 眼帯代わりの布だ。整髪に邪魔なんだろう。
 おおっぴらにしたく無い、見られたく無い。でも、俺は片目だけ瞑るという芸当ができない。だから、外したく無い。
 しかし、そんな迷いはカルミアさんの言葉にバッサリと斬り捨てられた。
「構わない、リサ。お前の好きにしていい」
「俺の意志は全無視ですか!」
「ああ、何を言っているかさっぱり理解出来ない」
「する気無いだけでしょうが!」
 俺達のやりとりに、彼女が小さく笑った。不覚にもドキリとした。笑った顔が……可愛いとか思ってしまった。
「では、お言葉に甘えて。失礼いたしますね」
「あ」
 細い指が、あっさりと眼帯を外す。可愛い顔して意外に大胆だ。
 鏡に映るオッドアイ。三人の目が注視しているのがわかる。
「……虹彩異色か。珍しいな」
「だから隠していたのですね。怪我でもしているのかと思いました」
 ヒソヒソ話をするおじさん達。何度経験しても、あまり気分の良いものでは無い。自分が異質な存在だと、十分わかっているけれど。
 鏡越しに彼女と目が合う。ちっぽけな恐怖を感じて、思わず目を逸らした。
「不思議な瞳ですね」
「ああ、化け物みたいでしょう」
 我ながら、自虐的な言い方になった。怖かったから。無形の矢で射られる事が。
 彼女は返事をせず、手際良く俺の髪を整えていく。シナモン色の瞳、肩にかかる位のマロンブラウンの髪。
「人の瞳って、宝石の色に似ていると思いませんか」
 ふと、彼女が呟いた。
「え……」
 何処かで聞いたのと似た台詞だと思った。たしか、シェリフが言っていた言葉。
『なんか、宝石みたいだね。綺麗だなぁ』
「どの色も素敵だなって思うんです。青も茶も、翠も灰も」
「あ、そ、そう、です、か」
 返事に困ってどもる俺に、彼女はふんわりと微笑む。心拍数が上がって行く。
 とりあえず、レシュノルティアではオッドアイが嫌われていないと言うことだ。うん、それだけのことだ。
 大事な事だから繰り返す。ただ、それだけのことだ。
 おじさん二人が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。どうせ要らん事勘ぐってんだろう。
「我々に対する態度と随分違いますね、エディス様」
「そのようだな。美人の前では借りて来た猫のようだ。王太子様にそう報告しよう」
「って、王太子様関係ないだろ! どうでもいい事報告すんなよ!」
 小鳥のさえずりみたいに、彼女が声を立てて笑った。ジャスミンの花が、心の奥でふわりと香った。
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