恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「弟が産まれてから、俺の母親が強くなったというか……どんどんキツくなった。どうしても親父を許せないんだろうな」

 それは当然の感情だ。自分の夫がよそで子どもを作って平気な人などいない。

「夫婦仲が良くないからって、母親は息子の俺を自分の思い通りにしようとしてる。目下(もっか)の関心事は俺の結婚だ。絶対に言いなりにはならないとはっきり伝えてるんだが、一度だけ断り切れずに母親が勧める見合いをしたことがあった」

 私は無意識に心配そうな視線を向けてしまっていて、それに気づいた副社長が困ったようにフッと笑みをこぼした。

「二年くらい前の話だ。相手は貿易会社の社長令嬢だった。母親がうるさいから、会ってみてから断ればいいと思って応じた」

 気乗りしないものの、お母様の手前、会わないわけにはいかなかったのだろう。

「相手の女性はしとやかで普通だったのに、ふたりで話していたらいきなり泣き出したんだ。どうしたのかと尋ねたら、恋人がいる、結婚はその男としか考えられない、と。そんな状況なのにこの場に来て、俺に申し訳ないと謝られた」

「お相手の方もお見合いを断れなくて仕方なく……だったんでしょうか」

 副社長の話を聞いていると、両家のご両親が勝手に決めたお見合いであり、本人の意思など無視されていたように感じた。
 
「うちと取引のある会社だったから、彼女も無理強いされたんだろうな」

 これで本人たちが親に説き伏せられてしまえば、“政略結婚”が成立する。
 庶民の私とは違い、副社長はそんな世界にいる人なのだとあたらめて実感した。

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