おじさんには恋なんて出来ない
第八話 幸せになりたい
 気乗りしない朝。集中できない練習。キレの悪い演奏に腹が立ち、美夜はピアノの電源を切った。

 毎日欠かさない練習なのに今日はどうしても無理そうだ。すぐそばのベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 ────私、嫌われちゃったのかな。

 頭を横に倒し、フローリンングに視線を向ける。ピアノのの横に置かれた握り拳一つ分ほどの小さな紙袋。この間日向と一緒に出かけた時に買ったものだ。だが、それを見ると余計に寂しい気持ちになった。

 本当はお礼を言って渡そうと思っていた、いや、告白しようと思っていたかもしれない。

 デートしてくれたことに期待して、自分でもいけるのかもしれないと思った。

 しかしそれは勘違いだった。日向は最後、線引きした。「自分と君の間には越えられない壁がある」のだと。だから言葉を遮った。聞く前に去ったのだ。

 はしたない真似をしたと後悔した。初めから分かっていたことだ。自分たちは歳が離れているし、雰囲気も違う。趣味も、目指すべきところも────。

 ピアノで大成したいと考えている自分と、家庭を失って傷ついている日向。自分にその穴を埋めることができるだろうか。ピアノばかりにかまけてきっと日向との関係を台無しにしてしまうかもしれない。いくら日向が優しく理解があると言っても、それが全て解決するわけではない。

 ────日向さんにはもっと、落ち着いていて大人の女性で、家庭を大事にする人の方が合ってる。

 避けられなければ夢を見ていただろう。だが、夢は終わったのだ。

 期待などすべきではない。日向はきっと、もう来ないだろう。そんな気がした。
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