おじさんには恋なんて出来ない
第九話 わたしたちのしあわせ
 昼休憩の時間、不動産会社のホームページを見ながら、辰美は独身の頃に戻ったような感覚を覚えた。

 探しているのが単身者用のマンションだから余計にだ。今住んでいる分譲マンションは雪美の希望で決めたものだった。近くに大きなスーパーがあって、付近には幼稚園や小学校などもあり、ある程度治安もいい。一生住むつもりで決めたマンションだ。

 当時は仕事に行くのに不便さえなければと希望を出さなかったが、こうしてもう一度一人で暮らそうと思うと色々考える。

 今まで趣味が丸出しになるようなものは雪美に止められていた。彼女はインテリアの好みがあるため、家具のほとんどを彼女が選んだ。だから、書斎の机や椅子もそれに準ずるような形のものにしている。

 もし好きなものを買えるなら、もう少し明るい印象の家具を選んだかもしれない。落ち着いた部屋もいいが、本音を言えば白色ベースの方が好きだった。

「課長。なんか楽しそうですね」

 斜め前の席に座る有野は、昼ごはんのパンをかじっている。

 辰美がえ? と聞き返すと、「顔が笑ってます」と微笑んだ。

「実は、引越ししようと思ってね」

「引越しですか?」

 少し驚いた後、納得したのか、「なるほど」と頷く。離婚してもう数ヶ月。社員も何も言ってこなくなったが、理由はみんなうっすら察してくれている。

「どんなところにするんです?」

「悩んでるんだ。なにせ久しぶりの一人暮らしだからね」

「そうですねえ……セキュリティがしっかりしてて、部屋が綺麗でセパレートで……」

 ────楽器がオーケーな場所なら、美夜もピアノを弾けるだろうか。

 ふとそんなことを考える。流石にグランドピアノは持ち込めないだろうが、電子ピアノぐらいならなんとかなるかもしれない。うるさくしなければそれほど強く言われることはないだろう。

「課長、嬉しそうですね。元気になってなによりです」

「え?」

「悪いことばっかりじゃないですよ。こんなに頑張ってるんですもん。ちゃんと神さまが見てくれてますって」

 どうやら有野にも心配をかけていたようだ。会社の人間には悟られないようにしていたつもりだが、余程だったのだろう。

 そうだ。自分はこれからまた新しい人生を歩むのだ。辛い記憶は忘れて楽しいことだけを考えよう────。
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