おじさんには恋なんて出来ない
『今日はありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね』

 昨夜届いた美夜からのメッセージを眺めていると、電車のホームにアナウンスが響いた。

 数十秒後来た電車に乗り、会社の最寄り駅へと向かう。

 慣れた朝の通勤ラッシュは押したり押されたりの戦場だが、勤続十年以上ともなれば慣れてきて、考え事をする余裕も生まれる。

 考えているのは美夜のことだ。返信されたメッセージがなんだか短くてそっけなく感じた。それが胸に奥に引っかかっているのだ。

 ────うーん、忙しいのかな。

 ライブの時あまり話せずに帰ったから、そのことで怒っているのだろうか。

 付き合ってからデートは何度かしたが、最近は忙しさにかまけておざなりになっていたような気もする。

 やはり年頃の女性だ。もう少し会う時間を作った方がいいかもしれない。今日あたり会いに行ってみようか────。

 美夜の仕事の予定はどうだろうか。スマホを開いてMIYAのブログを確認した。今日は、夜の七時からストリートの予定がある。それならその場所に行った方がいいかもしれない。



 会社に着くと、有野が来ていた。有野は辰美の姿を見ると笑顔でお辞儀した。

「課長、昨日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。済まないな。付き合わせてしまって」

「そんな。すごく楽しかったです。あれから帰ってCDも聴いたんです。また是非聴きに行きましょう。」

「そうか、気に入ってくれて良かった」

「そういえばあの人のブログ見たんですけど、今日この近くでストリートするらしいですよ。私見に行こうかなって思ってるんですけど……」

「そうなのか? 俺も行こうかと思ってたんだ」

「ほんとですか? じゃあ一緒に行きませんか」

 まさか有野がこれほどまでにMIYAを気に入ってくれるとは思わなかった。美夜はどちらかといえば男性のファンが多いから、女性ファンが増えれば喜ぶだろう。

 辰美は二つ返事で頷いた。

 自分はアイドルを応援したことはないが、以前街中でアイドルのライブ帰りと思しき女性二人組が騒いでいるのを見たことがある。あの時は楽しそうだなぐらいにしか思わなかったが、彼女達はきっと、同じアイドルを応援している友人といることが楽しかったのかもしれない。

 自分には同じ趣味で盛り上がれるような友人はいなかった。だから、有野が同じアーティストを応援したいと言ってくれて嬉しかった。

 特に、美夜のことは人にあまり話さなかった。MIYAと恋愛関係だなんていえないが、秘めている関係だからこそ、こうして共感してくれたことが嬉しいのかもしれない。
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