おじさんには恋なんて出来ない
昼休憩を終えて会社に戻ると、辰美がデスクに着いてすぐに部長が声を掛けてきた。
「日向君、ちょっといいか」
部長は入り口から手招きすると、すぐに背中を向けた。辰美はまた席を立ってその後を追いかけた。
部長はやがてミーティングルームに入った。四、五畳ほどの小さな部屋だ。辰美は部長が座ると、その真正面の席に座った。
「それで、なんでしょうか」
「これはどういうことか説明してもらえるか」
部長は持っていた無地の茶封筒をテーブルに上に置いた。そして「みて見たまえ」と言った。
辰美はなんだかその態度に圧を感じた。いつもの部長とは違う。怒っているような、咎めているような態度だ。何か只ならないことがあったのだと察した。
ゴクリと息を飲み込む。置かれた茶封筒を手に取り、中を開けた。
封筒は既に開かれていた。端はハサミのようなもので切られている。中から出てきたのは一枚の紙と、そして写真だった。
その写真と紙を見た瞬間、辰美は思わず息が止まった。
『日向辰美は若い女と浮気している』
プリンターで印刷された文字がありえない捏造を告げる。
そして同封されていた写真にはやや荒めの映像が映っていた。それは誰かを写した写真だ。しかし、目を凝らせばすぐにわかった。それが辰美自身、そして美夜だと。
「今朝、会社に送られてきたものだ。差出人は分からない」
依然として厳しい顔のまま、部長は言った。
────まさか、雪美の仕業か?
そうでなければ一体誰がやるというのだろう。まさか彼女がこんな手を使うとは思いもしなかった。あまりにも突飛な、卑劣な行動に辰美は言葉を失った。
だが、辰美は弁解しなければならなかった。これは会社に送りつけられたものだ。浮気をしているなんて噂を流されたらたまったものではない。
「この紙に書かれていることは真実か?」
「違います」
「じゃあ、この写真の女性は誰なんだ」
冷静になれ────。と自分に言い聞かせる。
部長は自分が離婚したことを知っている。きちんと説明すればわかってもらえるはずだ。
「部長もご存知の通り、私は妻の浮気が原因で離婚しています。これは現在付き合っている女性です」
「ではこれは誰が送ったんだ。心当たりはあるのか?」
「……恐らく、別れた妻です。妻が……復縁したいと言ってきて、断ったんです。それから度々連絡してくるようになって……無視していたのですが……」
部長は深刻な様子でため息をついた。
社員が浮気沙汰になったわけではないと聞いてホッとしたのだろうか。いや、そうではなさそうだ。
「事情はわかった。だが、これはプライベートなことだ。君のことだ、不真面目なことはしないだろうが、家庭の後始末はきちんとつけてくれ」
「……申し訳ありませんでした」
辰美は頭を下げ、部長を見送った。テーブルの上に置かれた書類を呆然と眺め、唇を噛み締めた。
────こんなことまでするなんて、どれだけ俺を憎んでいるんだ。
お互い悪いところがあったとはいえ、離婚の直接的原因になったのは雪美の浮気だ。それなのに復縁したいなどと言った挙句、断られたら腹いせにこんなものを会社に送りつけてきた。
もう限界だ。自分一人では解決できない。
「日向君、ちょっといいか」
部長は入り口から手招きすると、すぐに背中を向けた。辰美はまた席を立ってその後を追いかけた。
部長はやがてミーティングルームに入った。四、五畳ほどの小さな部屋だ。辰美は部長が座ると、その真正面の席に座った。
「それで、なんでしょうか」
「これはどういうことか説明してもらえるか」
部長は持っていた無地の茶封筒をテーブルに上に置いた。そして「みて見たまえ」と言った。
辰美はなんだかその態度に圧を感じた。いつもの部長とは違う。怒っているような、咎めているような態度だ。何か只ならないことがあったのだと察した。
ゴクリと息を飲み込む。置かれた茶封筒を手に取り、中を開けた。
封筒は既に開かれていた。端はハサミのようなもので切られている。中から出てきたのは一枚の紙と、そして写真だった。
その写真と紙を見た瞬間、辰美は思わず息が止まった。
『日向辰美は若い女と浮気している』
プリンターで印刷された文字がありえない捏造を告げる。
そして同封されていた写真にはやや荒めの映像が映っていた。それは誰かを写した写真だ。しかし、目を凝らせばすぐにわかった。それが辰美自身、そして美夜だと。
「今朝、会社に送られてきたものだ。差出人は分からない」
依然として厳しい顔のまま、部長は言った。
────まさか、雪美の仕業か?
そうでなければ一体誰がやるというのだろう。まさか彼女がこんな手を使うとは思いもしなかった。あまりにも突飛な、卑劣な行動に辰美は言葉を失った。
だが、辰美は弁解しなければならなかった。これは会社に送りつけられたものだ。浮気をしているなんて噂を流されたらたまったものではない。
「この紙に書かれていることは真実か?」
「違います」
「じゃあ、この写真の女性は誰なんだ」
冷静になれ────。と自分に言い聞かせる。
部長は自分が離婚したことを知っている。きちんと説明すればわかってもらえるはずだ。
「部長もご存知の通り、私は妻の浮気が原因で離婚しています。これは現在付き合っている女性です」
「ではこれは誰が送ったんだ。心当たりはあるのか?」
「……恐らく、別れた妻です。妻が……復縁したいと言ってきて、断ったんです。それから度々連絡してくるようになって……無視していたのですが……」
部長は深刻な様子でため息をついた。
社員が浮気沙汰になったわけではないと聞いてホッとしたのだろうか。いや、そうではなさそうだ。
「事情はわかった。だが、これはプライベートなことだ。君のことだ、不真面目なことはしないだろうが、家庭の後始末はきちんとつけてくれ」
「……申し訳ありませんでした」
辰美は頭を下げ、部長を見送った。テーブルの上に置かれた書類を呆然と眺め、唇を噛み締めた。
────こんなことまでするなんて、どれだけ俺を憎んでいるんだ。
お互い悪いところがあったとはいえ、離婚の直接的原因になったのは雪美の浮気だ。それなのに復縁したいなどと言った挙句、断られたら腹いせにこんなものを会社に送りつけてきた。
もう限界だ。自分一人では解決できない。