【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
23 俺のことも、撫でていいから
 魔力の流れをコントロールするのは、魔法を使う基礎だ。
 グレンに毎日行なっている中和は、まさにそれにピッタリの修行と言ってもいい。

 相手に合わせた微量の魔力を一定の濃度と速度で送るのには、何よりも集中力が必要だ。
 当初は気疲れもあって相応の疲労感を伴っていたが、最近はそれもかなり軽減してきたし、精度も上がってきた気がする。

 使用人達も最近はグレンの機嫌がいいと言っていたので、恐らく体調がいいのだろう。
 そうして効果が出ているというのは、嬉しいことである。

 グレンの手を取りながら集中していたステラが目を開けると、紅玉(ルビー)の瞳がじっとこちらを見ていた。

「どうしました? 気分が悪いですか?」
 気を付けたつもりだったが、魔力を流し過ぎたのだろうか。
 心配になって慌てて手を放すが、その手を引き留めるようにグレンが握りしめる。

「そんなことはない。いつもながら、温かくてとても気持ちがいい」
「なら良かったです。でも、気分が悪い時はすぐに言ってくださいね」

「ああ、ありがとう。最近は調子がいいから、大丈夫だ」
 グレンは微笑みと共にステラの手をゆっくりと撫でた。

「毎日中和していますからね。少しでも効いているなら嬉しいです」
「……なら、試してみるか?」
「試す?」


 何のことかわからず瞬くと、グレンがそれを見てにこりと笑う。
 握っていたステラの手を自身の耳に触れさせると、次の瞬間、グレンがいたはずのソファーには黒猫が座っていた。

「シュテルン?」
 黒猫から人間の姿に戻るところは見たことがあったが、逆は初めて見た。
 わざわざステラの手を使って耳に触れたのだから、それが呪いの発動条件なのだろうか。

「他人が触れると猫の姿になるのですか?」
「いや、自分でも同様だ。おかげで、当初はうっかり触れては猫に変わって大変だった」

 美貌の伯爵の耳に触ろうという積極的な女性がいないとも限らないが、基本的には他人に耳を触られる機会はほとんどない。

 だが髪に触れた時や服の着脱時などに自分で触ってしまう可能性は高い。
 半日は戻らなかったと言っていたから、なかなか面倒な呪いだ。

「あら? では、何故私に触らせたのですか?」
 呪いの発動条件を教えるにしても、ステラが触る必要はないはずだが。

「何故だろうね?」
 シュテルンはゆらゆらと尻尾を揺らしている。

 グレンが自分で触れればいいのに、わざわざステラに触らせた。
 これはつまり、中和のためにもっと呪いを詳しく知るべきということか。

 ステラに耳を触られるなんて不愉快だろうに、それでも実行するのだから、やはり呪いを少しでも軽減したいのだろう。

「わかりました。より効率よく中和できるよう、頑張ります」
「……うん。まあ、そうなるのか」
 拳を掲げて決意表明するステラを見て、シュテルンの尻尾がぱたりと垂れ下がった。


「これは、いつ元に戻るのですか?」
「当初は半日前後かかった。今は数時間だし、段々短くなってきている。ステラのおかげだ」
「この間、すぐに戻ったのは魔力を流したからでしょうか。……試してみてもいいですか?」

 当のグレンがそう言っているのだから恐らく間違いないのだろうが、今後の対策のためにも一応確認しておきたい。

 まずは、いつも通りの中和だと思って魔力を流してみよう。
 それで変化がないなら、気付かぬうちに何かをしたということになるので、それを突きとめなければ。

 シュテルンのモフモフの前足を握りしめると、その手にふわりと尻尾が乗せられた。
 その魅力に抗えず、思わず背中を撫でると、幸せが顔に作用して笑みがこぼれる。

 ――モフモフは正義、幸せの塊。
 口元がだらしなく緩んでいることに気付いて慌てて手で隠すと、黒猫は赤い瞳を細めた。

「ま、魔力を流しますね」
 もう一度前足を握ると、中和と同じように魔力を流す。
 すると、モフモフの小さな前足はすらりと長い指の大きな手に戻った。

 そういえば、シュテルンの毛が黒いのは、グレンが黒髪だからか。
 だとすると仮にステラが同じ呪いにかかった場合は金色の毛の猫なのだろうか。
 その理屈でいくと、縞模様の猫はどういう髪の毛の色が影響するのか気になる。

 いや、気になると言えば。
 薄毛人(うすげびと)が猫になった場合、毛が乏しい猫になるのだろうか。
 その場合はいっそ無毛の方がマシな気もするが……やっぱり、ステラはふわふわモフモフの猫の方が好みだ。

 グレンの黒髪を見ながら猫の薄毛治療に思いを馳せていると、紅玉(ルビー)の瞳が楽しそうに細められているのに気付いた。


「この姿でも、モフモフとやらをするか? どうぞ」
 そう言って、グレンは頭を差し出した。

「ち、違います。そんな失礼なこと」
「もう、猫に散々しただろう」

 確かにした。
 頭に喉に背中と、およそ撫でられる場所は撫でつくしたと言っていいし、何度も抱っこしている。

「ですが、あれは猫です」
「俺にとっては、同じことだ。それに、夫婦だから構わないだろう」
「それは契約上の話です」

 よくよく考えてみれば、ステラはグレンの体中を撫で回していたということになる。
 大変に失礼だし、不快だったろうから、申し訳ない限りだ。

 ……それとも、猫姿だと撫でられるのが好きになるのだろうか。
 そうやって心が猫に近付いていくのだとしたら、思った以上に恐ろしい呪いだ。

「それでも、今は正式に夫婦だ。髪を触るくらいは問題ない」
「そう……ですか?」
 少し納得しきれない部分はあるが、グレンの髪というか毛並みは気になる。

 日頃、薄毛人(うすげびと)の頼りない毛髪と付き合っているせいで、フサフサの髪の毛に飢えているのかもしれない。
 あの至極の肌触りのシュテルンの元になった人の、髪の毛。

 ……気になる。


「あの。じゃあ、少しだけ……いいですか?」
「もちろん」

 欲望に負けたステラに、笑顔のグレンが頭を差し出す。
 その髪に手を伸ばして撫でると、サラサラして気持ちが良かった。

 さすがに猫の柔らかくてフワフワの毛質とは異なるが、これはこれで撫で心地が素晴らしい。
 体が大きいぶんだけ毛が太くなるせいか、弾力というか手応えのようなものもあり、それでいて滑らかで……。

 無言で撫で続けている自分に気付いたステラは、慌てて手を引っ込めた。
 危ない、これではただの変態だ。

 猫ならば猫好きだと言えば誤魔化せるが、美貌の伯爵の頭を撫で続けているのはおかしい。
 ステラの魔力を知っていれば少しは理解してもらえるかもしれないが、どちらにしても怪しい行動でしかない。

「もう、いいのか?」
「はい、すみません。ありがとうございました。では、中和も終わりましたし、私は部屋に戻りますね」

 立ち上がろうとすると手を握られ、ステラはすぐにソファーに腰を下ろすことになった。


「待て。まだ俺のぶんが終わっていない」
 俺のぶんとは何だろうと思っていると、グレンの手が伸び、ステラの頭をゆっくりと撫でた。

「柔らかくて気持ちがいいな。それに、綺麗な髪の色だ」
 グレンは楽しそうに喋りながらステラの頭を撫でているが、いつまで経っても終わる気配がない。

「……あの、グレン様。何故、私は頭を撫でられているのでしょうか?」
「俺の頭を撫でただろう? 俺だってステラに触れたい」

「はあ。……仕返しですか?」
「その表現はどうかと思うが。まあ、平等にな」

 やはり楽しそうなグレンの手は、止まりそうにもない。
 何にしても、グレンの頭を撫でさせてもらった以上、そのぶんの対価を支払うのは当然だ。

 果たしてこれが対価になっているのかどうかはわからないが、本人が望んでいるのなら問題ないのだろう。
 暫くおとなしく待っていると、やがて飽きたらしいグレンの手が止まる。

「また、明日だな」
「はい」
 にこりと微笑むグレンは、何だか機嫌が良さそうだ。

「ステラの髪は、気持ちがいい」
「え? そちらですか?」

 てっきり中和作業の話だと思ったのだが、まさかの展開だ。
 大体、毎度契約相手で仮の夫に頭を撫でられるというのも、どうなのだろう。


「俺のことも、撫でていいから」
「いえ。別にそれは結構です」

「猫姿でも?」
「うっ」

 痛いところ……というか、いいところを突いてきた。
 シュテルンのふわふわモコモコの毛は、至極の肌触り。
 それをモフモフすれば、幸せ過ぎて口元が緩むほどなのだ。

「撫でるか?」
「……はい」

 またしても、欲望に負けた。
 情けないとは思うものの、グレンから提案されているのだからそんなに気にしなくてもいいのかもしれない。

「なら、俺もステラを撫でる。これで問題ないな」

 問題ない……のだろうか。
 いまいち納得できないが、それでもシュテルンのモフモフを捨てきれないステラは、とりあえずうなずくことにした。
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