【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
36 必要かと聞かれて、生じる心
 もともと魔力が切れたというだけで、体の調子は悪くはなかった。
 そこに十分な休息をとったことで睡眠不足も解消され、ステラはすっかり元気になっていた。
 一週間の休みをもらってはいるものの、こうなると暇である。

 ということで一週間の最後の日は、招かれていたサンダーソン侯爵邸に足を運んでいた。
 既に侯爵は薬も不要で、一応頭部に触れて魔力を流してみたが、血流も問題ない。
 髪の洗い方や食事などの指導も終えているし、しっかりと指示を守っているので、治療を終了できる段階だった。

 だが侯爵はステラに会わせたい人がいるので、もう一度だけ来てほしいという。
 もしかして、新たな顧客の紹介だろうか。
 サンダーソン侯爵はカークランド公爵とも親しいし、信用できる人なので問題ない。
 承諾して馬車で屋敷に戻ると、シャーリーが困ったような表情で出迎えた。



「ステラ様、旦那様がお呼びです」
「珍しいですね」

 基本的にグレンはステラを一方的に呼びつけるようなことはしない。
 それだけ急ぎか重要な用件なのだろう。

 案内された部屋に入ると、グレンはソファーに座ったままこちらに顔を向けた。
 何となく空気が重いことを感じ取りつつ正面に座ると、グレンは小さく息を吐いた。

「一週間の休み中だというのに、何故仕事をしているんだ」
「もうすっかり元気ですし、訪問を待っていただいていましたから」
「サンダーソン侯爵邸に行ったそうだが、今までずっと治療をしていたのか?」

 何故それを知っているのかと思ったが、よく考えれば移動は伯爵家の馬車なのだから、ステラの行動は筒抜けなのだろう。

「はい。お話をして、治療をしています。詳細に関しては、守秘義務がありますので、言えません」
 顧客の情報をおいそれと口にするわけにはいかないので当然のことを言ったのだが、グレンの眉間に少しばかり皺が寄った。


「治療というのは、俺の呪いの中和のようなものか?」
「え? まあ、そうですね」

「長期間なのか」
「すぐに終わることは、ほとんどありません」

 とは言っても、実はそれも不可能ではない。
 ステラの魔力を総動員して発毛させれば、頭髪フサフサどころか全身モフモフも夢ではないと思う。
 だが、そんなことをしても毛根の寿命を刈り取るだけなので、意味がない。

 グレンの場合には手を握って魔力を流すだけだが、薄毛人の治療は多岐に渡る。
 魔力を流すこと以上に、生活習慣の改善などが重要な部分もあり、どうしても長期間になりがちだった。

 ステラが何の治療をしているのかはわからないだろうが、治療と名の付くものが一朝一夕で終わらないのは普通だろう。
 それなのに、何故かグレンの眉間の皺はどんどん深まっていく。

「そうか。長い期間、何度も」
「グレン様?」
「顔色が良くない」

 鋭い視線を向けられ、ステラは思わず自身の頬に手を当てる。
 そんなに言うほど、顔色が悪いのだろうか。


「そう、ですか? 久しぶりだったので、馬車に少し酔ったのかもしれません」
「……必要か?」

「え?」
 何を言われたのかわからずグレンを見つめると、やはり表情を曇らせたままだが……理由がわからない。

「そこまでして、訪問治療を続ける必要があるのか? そのせいで、あらぬ噂を立てられているのに」
 だから必要ない、ということか。

 グレンの言葉を理解したステラの心の奥に、モヤモヤとしたものが広がっていくのがわかり、気が付くとソファーから立ち上がっていた。

「これは私の魔女としての仕事で、将来の生活もかかっています。不利益はとうの昔に承知しています。グレン様には関係ありません」

 そう言うと、そのまま部屋を出て自室に向かい、ベッドに倒れこんだ。


 ……グレンは、心配をしてくれたのだ。
 それはわかっているし、先程のステラの態度は良くなかった。

 だが魔女としての仕事を否定されるのは、今までの頑張りがすべて無駄だったと言われたようで、凄く悔しい。
 ステラは手を伸ばして枕をつかむと、そのままぎゅっと胸に抱える。

「私だって、しなくてもいいのなら。あんな、秘密まみれで誤解ばかりされる仕事なんて――」

 脳裏に浮かぶのは、数々の暴言や嫌がらせ。
 そして、薄毛人(うすげびと)達の感謝の言葉だ。

「したくない……わけじゃ、ないです」
 確かに色々と難はあるし苦労させられているが、この力には助けてもらった部分も多い。

 それに、薄毛人(うすげびと)達の寂しい頭皮に豊かな毛がなびけば達成感があるし、お礼の言葉を言われれば嬉しい。
 何だかんだで、不利益を上回るやりがいがあるのだ。

 ……では何故、あんなにモヤモヤしたのだろう。


 ステラは体を起こすと、枕を抱えたままベッドの端に座って考える。
 あらぬ噂を立てられるのは魔女の仕事のせいというのは、まったくその通りだ。
 そこではなくて、続ける必要があるのかと聞かれ、それに対して反発するようにモヤモヤしたのだ。

 ちらりと星と赤い石のネックレスが視界に入り、その色でグレンの瞳を思い出し、何だかスッキリしない。

「でも、そんなことは今までにも散々言われていますよね。……私も、時々そう思いますし」

 では今回だけあんなにモヤモヤした理由は、何なのだろう。
 必要ないと言われるのが嫌なのだとしたら、必要だと言われたかったことになる。

 ということは、グレンにステラの仕事を認めてもらいたかったのか。
 ……でも、何故だろう。

 グレンはステラの魔女としての仕事内容を知らないのだから、認めるも何もないというのに。
 それでも魔女を、ステラを……受け入れてほしかったのだろうか。
 それに気付いた瞬間、弾かれるように立ち上がり、枕が床にポトリと落ちた。

「私――」


 どくどくと鼓動が早まり、落ち着こうと窓の方に目を向けると、ちょうど黒猫が姿を現した。
 艶やかな毛並みに赤い瞳の美しい猫は、窓辺に座ったまま動かずにこちらを見ている。

「……シュテルン」

 ステラが声をかけると、ようやく黒猫は窓辺から動いて床に降りると、とことこと足元までやってきた。

「……少し、話をしたいんだ」
 グレンの美しい声に、ステラはゆっくりうなずいた。
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