【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
39 望まぬ来訪者
 扉が開いた先に立っていたのは、やはり予想通りの人物だ。
 ステラが記憶している姿よりもドレスは質素な気がするが、不必要に体の線を強調するところは変わっていない。

 間違いなくステラの継母、イヴェットだった。

「あなた、ステラ? 暫く見ないうちに……ふん。上手く伯爵を丸め込んだみたいね」
 イヴェットはステラの方に近寄ってくるが、その間にシャーリーが滑り込んだ。

「ステラ様は、お部屋にお戻りください」
「あなた使用人のくせに、さっきから生意気ね。下がりなさい!」
 声を荒げるイヴェットに眉一つ動かすことなく、シャーリーは冷ややかな視線を向けている。

「ステラ様を侮辱する母親など、存在しないはずです。ウォルフォード伯爵夫人に御用がおありでしたら、正規の手続きで訪問なさってください」
「何ですって⁉」

 睨みつけるイヴェットに、一切表情を崩さないシャーリー、その後ろに控える使用人達。
 この様子からして、イヴェットは今来たというわけではないのだろう。
 ステラは息を吐くと、シャーリーの肩に触れた。

「シャーリーさん、少し話をさせてください」
 不満そうな顔になりつつも、シャーリーは少し後ろに下がる。
 それを見たイヴェットが満足そうに笑みを浮かべた。


「何故ここにいるのですか。何をしに来たのですか」
「娘が今年社交界デビューなのよ」

 娘というと、イヴェットの連れ子か。
 父親はステラと同じと言っていたので、それが本当なら本物の姉妹ということになるが……だからと言って、何の感慨もない。

「それが、何か?」
「鈍いわね。妹の晴れの日に素敵なドレスを贈ろうとは思わないの?」

 ……なるほど、やはりお金の無心か。

 いったいどうやってステラの所在を突き止めたのかは知らないが、ウォルフォード伯爵夫人になったというのを都合よく勘違いして、お金を引き出そうとしているのだろう。

「私はコーネル男爵家とは無関係です。勘当されたので、縁は切れました。なので妹はいません。あなたは、もともと他人です」
 望んだ反応ではなかったらしく、イヴェットの表情が曇り始めた。

「薄情な子ね。誰に似たのかしら」
 明らかに母を揶揄する言葉に、ステラの心がざわつく。
 同時にイヴェットの前髪が揺れて少し盛り上がるのを見たステラは、慌てて小さく深呼吸をする。

 イヴェットの頭髪も毛根も全滅すればいいとは思うが、人目がある場所では駄目だ。
 ことはステラだけの問題ではなく、薄毛人(うすげびと)達の社会生活にも影響を与えるのだから。


「あなたが作った借金のかたに、私は父親と同世代のモンクトン伯爵に嫁ぎました。死別して実家に戻された私を勘当して追い出したあなた方は、薄情ではないのですか?」

「昔のことをしつこいわね。そういう女は、男に嫌われるわよ」

 ……ほんの少し。
 本当に、ほんの少しだけ。

 昔のことを謝罪するのかと思った自分が、腹立たしい。
 イヴェットにとってステラは邪魔な本妻の子であり、便利な道具でしかない。

 本当に困窮して娘のために金銭の支援を頼みたいというのならば、正規の手続きを経てコーネル男爵自身が訪問するのが、最低限の礼儀だろう。

 それすらせずにイヴェットがこうしてやってきているのは、それだけステラを軽く見ているからであり、同時にウォルフォード伯爵家を甘く見ていることに他ならない。

 胸の奥がざわざわと不快な感情で揺れていく。
 早く、この人から遠ざかりたい、離れたい。

 このままではイヴェットどころか、周囲の人間すべての毛根を巻き込みかねない。
 渦巻く感情を出さぬよう息を吐いて心を落ち着けると、ステラはイヴェットを見据えた。


「出て行ってください。そして、二度と来ないで。迷惑です」

 ステラが自分に従う様子がないとわかったのだろう。
 イヴェットの眉間に皺が寄り始めた。

「母親になんて態度なの」
「私の母は、妻のいる男性に手を出すような人でも、後妻として入った家を浪費で傾かせるような愚かな人間でもありません」

「そういうあなたこそ、名のある貴族の邸宅に通っているらしいじゃない? 私が愛人の噂を知らないとでも?」
「――そこまでだ」

 場が凍り付くほどの鋭い声に、全員が扉の方を見れば、ちょうど黒髪に紅玉(ルビー)の瞳の美青年が入ってくるところだった。


「見ない顔だが。誰だ」
 その言葉をどう解釈したのか知らないが、イヴェットは満面の笑みを浮かべてグレンに近付いていく。

「まあ、ウォルフォード伯爵。私はステラの母のイヴェット・コーネルと申します」
 媚びを売るとはこういうことだとお手本にしたいくらいの猫なで声に、知らず眉間に皺が寄る。

「ステラの母親は亡くなったと聞いている」
「ええ。私が、その後に……」

「そして、勘当されたとも聞いている」
 イヴェットの足が止まると、今度はグレンが動き出し、ステラの隣までやってきた。

「それで赤の他人のあなたは、我が家で、我が妻に対して、一体何をしているのかな」

 イヴェットから視線を外さぬまま、グレンはステラの肩を抱き寄せる。
 決して乱暴な扱いではないが、その手に入った力から怒っているのだろうと察することができた。
 さすがにイヴェットにもそれは伝わったらしく、先程までの笑みが崩れ始めていた。

「――二度と、ステラに近付くな」

 グレンの言葉を合図にしたように、使用人達はイヴェットを屋敷の外へと追い出し、扉を閉めた。


 急に訪問されて怖かったし、相変わらずステラを蔑ろにする態度に腹が立つし、伯爵家に迷惑をかけたのが申し訳ない。

 負の興奮状態とでもいうのだろうか。
 鼓動が落ち着かず、心はざわついて熱いのに、体は冷えてどうしようもない。

 早く部屋に戻って一人になりたかったが、まずはやらなければいけないことがある。
 ステラはグレンの手をそっとおろすと、そのまま深く頭を下げた。

「グレン様、申し訳ありませんでした」
「ステラが謝る必要はないよ。それよりも、顔色が良くない」

「平気です。皆さんにも、ご迷惑をおかけしました」
 震えそうになる手を握り締めながら謝罪をすると、頭上からグレンのため息が耳に届く。

「あとは任せる。金輪際、屋敷に近付けるな」

 手短に指示を出したかと思うと、ステラの視界が一気に浮上した。
 抱き上げられたのだと気付いて驚いて声を上げそうになるが、紅玉(ルビー)の瞳に見つめられたら、何故かそれができなくなった。

「それからシャーリー、温かい飲み物を」
「かしこまりました」

 返答を聞く間もなく歩き出したグレンに運ばれたのは、呪いの中和に使っている部屋だ。
 ソファーにステラを座らせたグレンは、その隣に腰を下ろすとそっと手を握ってきた。
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