今宵、ロマンチスト達ここに集いて




不安定にふるふると足や腕を揺らし、自身の体さえしっかり力を行き渡らせることはできないのに、その名前だけは、意外なほどに大きく強くはっきりと、前崎さんが口にした。


そして前崎さんが呼んだその名前は、間違いなく、私の上司の名前だった。



「お久しぶりです、前崎さん」


上司はにっこりと全身で微笑みかけるような、優しい態度で返した。
常に丁寧な物腰の人ではあるが、長い付き合いの中で、こんなにあからさまな上機嫌は見たことがないかもしれない。
私は珍しいものが見られたことに少し心が浮き上がった。

けれど反対に前崎さんは、あまりにも突然の再会で驚き過ぎたのか、支えていた私の腕をきつくきつく掴んできた。
ギュッと握られたことに痛みが走る。
覚束ない足取りで、ふらついてさえいるのに、その手先からはそんな頼りなさは一切感じられない。
ただただ一心不乱に、”アヤセさん” のことを確かめようとしているみたいだ。


一歩、前崎さんの右足が前に動く。
するとそれを察した上司は「失礼いたします」と断り、室内に入ってきた。
その後ろで、スライド扉が自動で閉まる。

上司はそのまま大股でまっすぐこちらに歩いてくる。
そこまで広くはない個室を、スッスッと斜めに横切って、そうして、前崎さんの目の前に……








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