今宵、ロマンチスト達ここに集いて





祖母の眠りが覚めないと分かったあと、祖父は、もう一度最愛の妻をしっかりと抱きしめて、それから、父に付き添われて元の時間世界に戻っていった。


立ち去る際には、祖父は私のこともハグしてくれた。
祖父とはいえ、初対面の男性に触れられることに私が不快感を抱くと心配でもしたのか、祖父は非常に軽く、そっと背中に腕をまわす程度の抱擁だった。
けれど私の方からぎゅうっと力を込めて抱きしめると、祖父もちゃんと返してくれたのだった。



そうして二人が消えてから、私はナースコールで前崎さんの異変を伝えた。

医師や看護師がバタバタと忙しなく動きまわったが、ここ数日、前崎さんの病状が悪化していたこともあり、また、医師の中には父の仕事相手で事情をよく知る人間もいたことから、蘇生などの処置は行われなかった。

勤務時間外だったが、担当看護師として、私も清拭などを手伝わせてもらった。
そしてほんのわずかな間、私と祖母二人きりになる時間があった。
さっきまで賑やかな会話が繰り広げられていた病室は、しんと静寂が流れて、たった数時間前のことなのに……と、切なくなってしまった。

今のこの世界には(・・・・・・・・)、前崎さんに遺族はいなかったけれど、事情を知る医師によると、そのあたりのことは父がうまく配慮しているようで、祖母がひとりぼっちになることはないと教えられた。
心の底のずっと奥底から安堵したと同時に、万が一祖母がひとりぼっちにさらされてしまったとしても、私が絶対に守ったはずだと、妙な自信はあった。





しばらくして、父が祖父を送り届けて戻ってきた。
いつもの穏やかな顔つきは、さすがに悲しみ色に沈んでいた。

”日にち薬” ”時間薬” という言葉があるように、時が経てば悲しみや苦しみも形を変えていくというが、父のような時間を行き来する人間の場合は、どうなるのだろう。

私は、そんな父の心に寄り添いたいと願った。
けれど、


「おかえりなさい、お父さん」


「ああ。ただいま」


私達親子には、これくらいの温度がちょうどいいのかもしれない。

二人して、特に言葉を交わすわけでもなく、なんとなく窓越しの空を見上げた。
外はもうとっくに明るくなっていて、ロマンチスト達が集まった月夜の名残は、どこにも見当たらないけれど。


一緒に、空を見上げられる、
一緒の世界にいられる、
一緒に、生きている―――――それだけで、素晴らしく幸運なのだと、祖母との別れが教えてくれた気がした。












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