騎士のすれ違い求婚
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ティアが子供の頃の事を思い出している間に、馬車は屋敷の門をくぐった。

公爵家は、多くの貴族が馬車で幾日もかかるところに領地があるのに比べ、王都を出たすぐのところに広がる広大な領地に本邸を構えていた。

王宮に勤める父公爵とティアは、王都のメイン通りに構えるタウンハウスから城に通っており、今は母がこの領地を管理している。

城を出てから、数時間もあれば領地に帰れる。

(でもこの2年ほとんど帰らなかったな)とティアは思った。
落ち着いた屋敷のエントランスには、もう執事が出迎えてくれていた。

急に帰ってきたティアに、使用人たちは驚いているだろうが、態度には出さず、あたたかくむかえてくれる。

一番近しい乳母をしていたばあやは、

「まぁ、お嬢さま! 伝達もなしで、どうなさいました! まぁまぁ、お綺麗になって! 」

と、涙を流さんばかりに迎えてくれる。

張り詰めたザラザラと傷ついた気持ちが、安心したのか、子供の時と変わらず優しくされたからか、もっと傷口がぱっくりと開いたように思った。

みるみるティアの目に涙がたまる。

もう、溢れた涙は止められない、取り繕う気もない。
他の使用人も何事かと集まる中、ティアはフラフラと外に出た。

「庭に行ってくるわ」

と小さな声で言って、中庭に出た。
ここは、ティアにとって、ジュシアノールとの思い出の場所だった。


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