霞んだ君は色を取り戻す
 なっちゃんが休んだ日からもう結構経っているのに、俺にはなっちゃんの顔色があまりよくない気がしていた。普段は前までと変わらない感じに見えるけど、俺にはなんとなく顔色が曇っているように見えていた。これが気のせいではないことに気付いた時にはもう手遅れだった。そう気づいた時にはすでになっちゃんは学校を休みがちになっていた。俺たちの前では、どんなに苦しい状況でも俺たちに心配をかけさせまいと笑顔を作っていたのだ。遊びに誘っても全然来なくなり始めたときに、気付くべきだった。なっちゃんは中学の友達にいじめられていた。そして生きることが苦しくなって車の前に飛び出して死のうとしたらしい。なっちゃんのお母さんから連絡をもらい、俺たちは学校を飛び出してすぐに病院へ向かった。病室へ着くと、そこには眠っているなっちゃんの姿があった。俺たちは何もできなかった。気づくことができなかった。力になれなかった。自分に対しての苛立ちと悔しさ、そしてなによりここまで無理をさせてしまった申し訳なさで、目からはたくさんの涙がこぼれた。
「撫子さんをここまでなるまで気づけなくてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい」
ごめんなさいとみんなそれぞれに両親へ謝った。
「あの子は家でも辛そうな顔は出さなかったのよ。誰にも心配かけまいと頑張って来たんだと思う。だから謝らないで。私たち親が気付くべきだったのよ」
俺たちは両親に頭を下げて病室を出ると、病室の前のソファーで目を覚ますのを祈っていた。数時間後、病室が騒がしくなりお医者さんも病室へと入っていった。数分後お母さんが出てきた。
「撫子が目を覚ました。中に入って話してあげて」
「本当ですか!失礼します」
両親は俺たちが入ると外へ出て行った。
「なっちゃん大丈夫なのか?」
「平気か?」
「なっちゃん心配したよ~」
「う、うん。ごめんね。心配させたよね」
「そんなことで謝るなよ。心配をかけたくらいで俺たちに迷惑がかかるなんて思わないでくれ」
「それより無理していることに気づけなかった俺たちのほうがごめん」
「なっちゃんほんとにごめん」
「悪い」
「いいよ、気にしないで。私が勝手に我慢してたことなんだから」
「それでもごめん」
「俺たちがこれからに毎日今まで以上に楽しませるから生きてほしい」
「俺も生きてほしい」
俺は何も言わなかった。
「また今度みんなでお見舞いに来るよ」
俺はそういうとみんなを連れて病室を出て、話が終わるまで待ってくれていた両親に深々と頭を下げて病院を出た。俺はイライラしていたため、みんなとそのあとすぐに別れて家の近くの公園に来ていた。あの時どうして気づいてやれなかった。あの時どうしてもっとなっちゃんに寄り添ってあげなかった。どうしてどうしてと、過去の自分に対する後悔と苛立ちは増していく。あの時の自分はなっちゃんに対してどんな言葉をかけるべきだったのか。ふと空を見ると、もう空には星が空を埋め尽くしていた。公園に来てからもうかなり時間が経っていた。俺は家に歩き出した。するとなっちゃんの中学の友達がいた。俺は走って声をかけた。
「お前があいつになにかしたのか!?」
「なにもしてないし。ただ少しからかってただけだから」
「お前のそのせいであいつがどれだけ悩み苦しんだかわからねぇだろ。あいつ死のうとしたんだぞ!もうあいつに二度と関わんな!!」
彼女は唇をかみしめてばつが悪そうに帰っていった。彼女が帰った後、俺はなっちゃんが死のうとしたことを口にしてしまったことを後悔した。勝手に言ってよかったものなのかと。そして彼女に対して八つ当たりしてしまったことも悪いと思った。「ほんと俺ってどうしようもねぇ奴だな」そう独り言を口にして家に着いた。
 俺は毎日病院へ通った。病室へはなかなか入れなかった。どんな言葉をかけていいかわからなかったから。病室の中からたまに「猫みたいに、死ぬ前にさっと姿を消して消えられたらどんなに楽なのかなぁ」と聞こえるときがあった。なっちゃんの心の傷はとても深いものだとはわかりつつ、それを癒すためにはどうすればいいかといつも悩んだ。今日ここへ来る前に彼女がまた俺の前に姿を出してきた。
「本当にごめんなさい!撫子に直接謝らないといけないと思うんです。だから病院を教えてもらえませんか」
彼女は本当に悪いと思っているのか深々と俺に頭を下げてお願いしてきた。
「悪いけど前にも言ったけど三谷さんには会わないでほしい。君に会いたいと思っていないと思うし、なにより君がしてきたことは許されることでは到底ない」
「はい…そのことはわかっています。もし許されなくても今まで本当に申し訳ないことをしてきたと謝りたいだけなんです」
「それは自分がその罪から少しでも楽になりたいだけなんじゃない?」
「そうかもしれません…でも顔を合わせられなくても、扉越しに謝罪だけでもしたいです。謝りたいという言葉に嘘はありません」
「わかった。これから病院に行く予定だったから一緒にならいいよ。けど三谷さんが謝罪をさせてくれるか、許してくれるかなんてわからないよ」
「はい、わかりました」
俺と彼女は一緒に病院へ向かった。病室へ入る前に深呼吸をしてから入った。俺も正直ここに入るのは勇気がいる。
「失礼しまーす。なっちゃん起きてる?」
「わ~来てくれたんだ!ありがとう!」
俺は少したわいもない話をした。翔と栞がどうとか最近学校で起きてることとか。
「ちょっといいかな」
「なになにそんなに改まって」
「なっちゃんに謝りたいって人が来てるんだけどいいかな。扉越しにでも話がしたいって言ってるんだけど」
なっちゃんの顔がこわばったが、中に入って話をすることをOKしてくれた。
「ごめんね、ありがとう」
なっちゃんにお礼を言い、扉のほうへ向かい、扉の前にいる彼女に中に入るように促した。彼女は驚いていたが中に入った。
「俺ちょっと飲み物買ってくるわ」
俺がいないほうが深い話がしやすいと思って俺は席を外した。病院のバルコニーに出て時間を潰していた。そしてそろそろかなと思い、飲み物を買って病室へ戻った。病室に戻るとさっきまでの張りつめている雰囲気はなくなっていた。
「話は終わった?」
「うん。優菜を連れてきてくれてありがとうね。まだ優菜を完全に許すことはできないけど、でも謝ってもらって嬉しかった」
「神流崎さんもありがとう。連れて来てくれたおかげで、撫子に謝ることができた」
「それはよかった」
「それじゃあ私は二人の邪魔しないうちに帰るね」
「え、あ、うん。わかった」
「あーわかった。バイバイ」
優菜ちゃんは帰っていった。
「優菜ちゃんって名前なんだな」
「下の名前で呼び合うほどの関係だったんだな」
「ん~まぁそうだね」
なにかあるみたいだが話したくなるまで待つことにした。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おっけー」
俺はもう安心だと思いほっとしていた。トイレから戻ってくると中から声がした。耳を澄ませてみると「優菜が謝ってくれたのにまだ生きることがしんどいって思うなんて、どれだけ器の小さい人間なんだろう」俺はその言葉を聞いて唇をかみしめた。とりあえず病室に戻った。
「どうしたの?なんか顔色良くないけど」
「いやいやちょっとトイレこんでて漏れそうで危なかったなって思ってさ」
俺はとっさに嘘をついた。そしてまた学校の話をして帰ることにした。
 次の日、翔と栞に優菜ちゃんがなっちゃんに会って解決したことを伝えた。二人はほっとしていて、そんな二人にまだなっちゃんが死にたいって思っているかもしれないなんて言えなかった。だから俺は一人でなっちゃんに会いに行くことにした。部活が終わって今日も病院へ向かった。今日は病室へ入る予定だったため、途中コンビニに寄ってお土産を買いに行くことにした。病室に入るとなっちゃんが寝ていた。俺はどうしようかなと思ったが、直接言うことはできそうにないことをこの機会に言おうと思った。俺はベッドの横にある椅子に座って、眠っているなっちゃんの横顔を見て話し始めた。
「あのね「死にたい」っていう君に本音を言うと、生きていて欲しいんだぁ。でも、「生きていて」なんて残酷な言葉を今が精一杯の君に言うことなんかできなくて。だからね、いいよ。「君が幸せになれる方」を選んでよ。「死んでもいい」「逃げてもいいよ」でもさぁ、俺達…本当に、幸せになれないのかなぁ。「君」が居なくなる事に対してこんなに、心がギュッとなるのはなんでかなぁ…。君が生きてるのに「理由」は無い。でもね。「意味」はあったよ、…ちゃんとあったよ。だってね、俺は君が生きていてくれて、こんなに嬉しいから。だから、最後にこれだけ。産まれてきてくれてありがとう。出来ることなら生きて、君と幸せになりたいな。これはきっと独り善がり、でも口から出てしまう「生きていて」そこに君を責める気持ちなんて微塵もないんだよ。追い詰めてなんかいない、だから君が決めていいんだよ。「君が幸せならそれでいいよ」」
それだけ言うと俺は病室を出た。「ずっと生きていてほしいな…」そう呟いていた。俺は病院を出て、家に帰った。
 次の日も病院へ向かった。今日は祝日で学校がなかったが、午後から部活があったから午前中行くことにした。病室へ入ると、俺を見て驚いたような顔をして布団へこもった。
「え、今大丈夫?また今度来ようか?」
「大丈夫。けど今はこのまま話させて」
「わかった。体調はどう」
「少しずつ戻って来てるよ。昨日ありがとね…」
「え!あ、あのお土産のこと?」
「それもだけど誠にに生きていて欲しいって言われて嬉しかった。もしよかったら話聞いてくれる?」
「わかった」
「私ね、中学の頃優菜と親友だったんだよ。いつも学校で一緒にいて行動してたんだ。中二の頃に初めて彼氏ができたんだけど、彼のことが優菜は昔から好きだったらしくて、私と付き合ったことが優菜の中ではとても嫌だったんだと思うの。始めは小さないたずら程度だったんだけど、それがどんどんエスカレートして陰湿ないじめになったの。陰で私が優菜にひどいことをしているみたいな噂を流されててその噂が広まって、彼は私のことを軽蔑するようになって、優菜が彼に言い寄ったらしいの。そして私は彼氏を取られて親友も失い、学校にも居づらくなった。だから中三の頃はあんまり学校に行ってないの。行けても保健室で教室に入るのが怖かった。そして優菜と同じ高校に行きたくなくてこの高校にしたの。そして中学の頃のことがトラウマになっていて。だから高校になって友達ができてもあんまり思い出を作りたくなかったの。思い出があればあるほど、裏切られた時の痛みや大きくなると思って。だから誠や翔や栞に遊びに誘われたときは嬉しかったけど行かなかったりしたんだ。ごめんね…。けど少しずつこの三人ならって思ってきていたときに優菜と再会して、やっぱり私は一人がお似合いなのかもって勝手に思っちゃって。あのスイパラで再開した日から優菜とまたいろいろあって生きるのがもう嫌になっちゃったけど、誠たちには迷惑をかけたくなくて誠たちの前だけでも普通で居ようって気を張ってたの。けどここから解放されたくて死んだら楽になれるかもなって思ってたんだ。病院でもそんなことを思ってて優菜が謝ってくれたけどやっぱりどこか過去をひずっている自分がいたの。けど昨日、誠の本音を聞いて私は誰かの役に立っているんだって思ったの。私が生きている理由はなくても意味はあるんだって教えてもらって、それなら最後にもう一度誰かを信じてみるのもありなんじゃないかってそう思えたの。寝たふりしててごめんね」
「話してくれてありがとう。優菜ちゃんのことはなっちゃんの中で区切りがついてるなら俺からは何も言わない。俺から言えるのは俺たちを信じることにしてくれてありがとう!「生きる」って道を選んでくれてありがとう!」
そう口にする俺の目からは涙がこぼれていた。
「もーなに泣いてるのよ。私まで泣けてきたじゃん!」
「なんでだろ、でも嬉しい」
「ありがと!」
俺たちは抱き合ってお互い気が済むまで泣いた。
「私頑張るね」
「頑張るのもいいけど、俺たち四人で手を差し伸べあっていこうな!」
「うん!!」
「んじゃ俺部活行ってくるわ」
「頑張ってね!」
俺が立とうとするとなっちゃんに手を引っ張られキスされた。顔が真っ赤になる俺に対してなっちゃんは手を振っていた。俺も手を振って病室を出た。ほんわか唇に残る感触を残しながら学校へ向かった。学校についても頭の中はまだまだ混乱していてなかんか整理できなかった。けどもう逆にバスケに集中して、いったん頭をクリアにしようと思った。部活が始まり練習が始まった。
「なにかあったか?何か吹っ切れた顔してるけど」
「あ、キャプテン。はい!なんかもう吹っ切れましたかね」
「よかった。お前は俺らの新戦力なんだから頼むぞ!」
「はい!」
ラストの試合では俺と智の連携でチームはフル稼働して一軍を一点差まで追い詰めた。
「お前たちはいいコンビになるよ」
「はい!智とバンバン点取りますよ!」
「キャプテンと副キャプにも負けないくらいのコンビ目指してるんで!」
キャプテンは俺たちに期待してくれている。その期待に俺は応えたいと感じた。部活が終わって智と別れた後、携帯を開くとなっちゃんがグループにメッセージを送っていた。謝罪と明日話がある。と書いていた。たぶん俺に話してくれたことをみんなにも話すんだろうと思った。
 俺たちは神社に集まった。俺たちが集まって少し無言が続いたがみんな、なっちゃんが話し始めるタイミングを待った。そして俺に伝えてくれたことをみんなに伝えた。
「なんていったらいいかわからないんだけど、だけどなっちゃんが生きることを選んでくれて嬉しい」
「優菜ちゃんって子のこと俺なら絶対許せない気がする。そんなことをした優菜ちゃんのことを、少しでも許すことができたなっちゃんは本当にすごいと思う。器が小さいなんて思う必要はないし、むしろ器は大きいと俺は思う。そんで俺も生きることを選んでくれてほんと嬉しいよ」
「お前ら泣くなよ」
「泣いてねーよ」
「だって~」
「おいおいなっちゃんも泣くなよ」
「嬉しくて」
みんなが泣き始めて俺は黙ってみんなが泣き止むのを待った。
「てか誠は驚かないのかよ」
「そうよ。もしかして先に話を聞いてたの?」
「ま、まぁな。っていっても昨日なんだけどな」
「そうなのか」
なっちゃんも落ち着き、気晴らしにみんなでクレープを食べに行くことになった。
「今日からは思い出いっぱい作るぞ!俺たちは絶対離れねぇから」
「そうだよ!私たちはヨンコイチなんだから」
「あぁそうだな。記念に写真撮ろうぜ!」
「うん!みんなありがと!みんなと出会えてほんとによかった。うん、撮ろ」
「これが俺たち初の4人揃った写真だな!これからもいっぱい撮ろうぜ!」
「うん!そだね、ありがとう!」
「おぅ!それじゃクレープ食べに行くか」
「うん!」
俺たちはこれまで以上に絆が深くなった気がした。
次の日からは学校にも毎日来るようになり、笑顔も戻った。学校でも遊びに行くときも俺たちはいつも一緒だった。それは高校を卒業して道がバラバラになった今でも俺たちは変わらない。けどあの時とは違うことが二つある。それは神流崎撫子、神谷栞になったことだ。漢字(かんじ)
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