訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「いいえ。エスコート役なんていないわ。わたしの交友関係の狭さはあなたも知っているでしょう? 当日はエルセと両親と一緒に行くつもりよ。向こうでフランカお姉様と会うくらいかしら」

「じゃあ、決まり。当日は私の馬車で一緒に会場へ向かおう」
「で、でも」

「クライフ嬢たちとは向こうで合流すればいいよ。当日のドレスも私が手配をする。近日中に仕立て屋を男爵家の屋敷へ寄越すように手配をするから」

「そんな、悪いわ。おそらくドレスはフランカお姉様が手配をしてくれているはずだし。それに、レーヴェン公爵家の嫡男でもあるあなたと一緒に会場入りしたら絶対に注目されるわ。わたし、目立つのは嫌」

「私はまだ爵位を継いでいるわけではないからそこまで目立たないよ」
「そうかしら。あなたこんなにもカッコいいんだもの。絶対に女性たちが放っておかないはずよ」
「きみの目から見ても、私はカッコいいと思う?」
「ええ、まあ」

 主観的に見てもギルフォードはとびきりに素敵だ。だからこそ困る。こんなにも素敵な紳士と一緒に歩いて社交の場に姿を見せれば絶対に注目されてしまう。それに、公爵家と男爵家とでは身分的に釣り合わない。

「そうか。フューから見ても、私はカッコいいんだ」

 ギルフォードが嬉しそうに笑うから、もしかしたら世間一般では彼はそこまでイケメンではないのかもしれない。ちなみにイケメンという単語はエルセから習ったスラングだ。

「さっきも言ったけれど、私はそこまで目立たないよ。挨拶くらいはしたりされたりするだろうけど。舞踏会よりも格式ばっていないし、レースが終わればすぐに帰ればいいだけのことだ。私はきみの側に張り付いていて、きみに特大の虫が付くのを防がなければならない。そっちのほうが私にとっては何よりも重要だ」

「確かに春だし、虫も多少は飛んでいそうだけれど」
「そうだね。だからこそ私の出番なんだよ」
「小さい虫くらいならわたしは平気よ」

 大きな蜘蛛は見た瞬間背筋が凍り付いてしまうけれど、ハエくらいなら平気だ。ぶんぶんと回りを飛び回られると、多少は目障りだろうけれど。

「小さな虫一匹だって、きみの側には寄せ付けないから」
「ギルフォードって虫が嫌いなのねえ」
「そうだね。可愛いフューにまとわりつく虫なんて、みんな滅びてしまえばいいと思っている」

 それは多分に言いすぎだと思う。

「あなたってもしかして反虫の過激派?」
「じゃあそういうことで決定だね」
 
 ギルフォードが笑みを深めた。
 いつの間にかそういうことになってしまった。

  * * *

 ロルテーム海軍によるボート演習はハレ湖で行われる。ハレ湖の沿岸の一部は公園として整備をされていて、そこが会場になるのだ。会場は二つの区画に分かれている。入場料金が設定された区画と、だれでもできる区画、とだ。入場料の関係から前者は主に上流階級に属する者たちが出入りをする。

「晴れてよかったわね」
「風があるから、レースの行方は読めないかもしれないね」

 雲が多少あるが、青い空からは太陽の光がさんさんと降っている。時折風が吹きつけるが、寒いほどではない。ようやく春本番なのだ。

「それにしてもすごい人ね。あちらの、無料開放のほうがもっと賑やかそう」
「ロームの住民たちも楽しみにしているからね。屋台も出るし、レースよりも祭りを楽しみにしている人もいるんじゃないかな」
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