訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
朗らかな声も、優しい表情も昔のままでフューレアは安心した。
「見違えるほどきれいになったね。もう立派な淑女だ」
「まあ、お上手ね。あ、そうだわ。淑女ならきちんと挨拶をしないとよね」
一瞬だけ、彼が知らない人にも思えたのはどうやら気のせいだったらしい。二年ぶりとは思えないくらい、気安い口調で会話を始めて、フューレアは内心安堵した。
フューレアは片足を後ろに引き、膝を曲げた。
「ただいま、ギルフォード」
「おかえり、フュー」
見上げると、再び彼の瞳と視線が交差する。とても柔らかなそれはフューレアが昔から大好きな彼の眼差しで、安心をするはずなのに、久しぶりに会ったからだろうか。
今日はどこか違う気がした。
「フュー?」
「ううん。なんでもないわ。わたし、あなたに話したいことがたくさんあるのよ」
自分の中の違和感をフューレアは無かったことにした。
「私もきみと話したいことがたくさんあるんだ。もうしばらくはどこにも行かないだろう?」
「ええ、そのつもり。でも、まあ……冬になれば避寒で南へ行きたいなあとは思うけれど」
「その時は私も連れて行ってくれないと、フュー不足で耐えられそうもないよ」
「ギルフォードったら面白いわね」
「本気なんだけどな」
ギルフォードがおもむろにフューレアの頬に手を伸ばした。ほんの少しだけ、触れるようなそぶりをして、その手は彼の横に落ち着いた。
「ど、どうしたの?」
「フュー、長旅で疲れているだろう? 馬車までエスコートするよ」
「ええ」
さらりと会話を代えられたような気もしなくも無いが、二年ぶりの再会なのだから、このようなものなのかもしれない。
両親である男爵夫妻に見守られるという気恥ずかしさもあり、フューレアは少しだけ早足で馬車へと向かった。
* * *
「ふわぁ……よく寝た」
二年ぶりに帰還をした我が家の自室にて、フューレアは夢の世界から覚醒した。
カーテンの隙間から射す陽の光の柔らかさが懐かしい。長い間留守にしていたのにも関わらず、数日経つと、それこそが夢だったではないかというほどに、自室での生活に馴染んでいる。
「それだけロームに、ナフテハールの家に馴染んだってことなのかしらね」
しみじみ呟くと、胸の奥がつんとした。
この国に馴染んだということは、フューレアにとって生まれた国がその分遠くなったということだから。
部屋着に着替えて朝食会場でもある一階のサロンへ入ると、すでに両親とエルセが着席をしていた。
「おはよう。わたしが一番遅かったのね」
「あら、構いませんよ」
夫人はおっとりと微笑んだ。
「年寄りは早起きが得意だからね」
「あなたったら」
夫人が男爵に抗議の視線をやる。二人とも五十代後半で、男爵はすでに一線から退き半隠居生活を楽しんでいる。白銀の髪を持つフューレアとは違い、二人も昔は美しい白金だったのだが、最近では白い色のほうが目立つようになってきた。ちなみに瞳の色はフューレアが紫色で、両親は薄い青とやや紫がかった淡い青である。
ほのぼのしたやり取りに目を細めつつフューレアも同じテーブルの席に腰を落とした。
今日は晴れているのでサロンには春特有のやわらかな日差しが注ぎ込まれている。
目の前に運ばれてきたのはロルテーム風の朝食。薄切りにしたパンの上に総菜を乗せて食べるのがこの国流なのだ。乗っているのは酢漬けのニシンやハムやチーズ、野菜など。他にもバターをたっぷり練り込んだパン生地にカスタードを詰めて焼いたものなどもテーブルの上に用意されている。
「見違えるほどきれいになったね。もう立派な淑女だ」
「まあ、お上手ね。あ、そうだわ。淑女ならきちんと挨拶をしないとよね」
一瞬だけ、彼が知らない人にも思えたのはどうやら気のせいだったらしい。二年ぶりとは思えないくらい、気安い口調で会話を始めて、フューレアは内心安堵した。
フューレアは片足を後ろに引き、膝を曲げた。
「ただいま、ギルフォード」
「おかえり、フュー」
見上げると、再び彼の瞳と視線が交差する。とても柔らかなそれはフューレアが昔から大好きな彼の眼差しで、安心をするはずなのに、久しぶりに会ったからだろうか。
今日はどこか違う気がした。
「フュー?」
「ううん。なんでもないわ。わたし、あなたに話したいことがたくさんあるのよ」
自分の中の違和感をフューレアは無かったことにした。
「私もきみと話したいことがたくさんあるんだ。もうしばらくはどこにも行かないだろう?」
「ええ、そのつもり。でも、まあ……冬になれば避寒で南へ行きたいなあとは思うけれど」
「その時は私も連れて行ってくれないと、フュー不足で耐えられそうもないよ」
「ギルフォードったら面白いわね」
「本気なんだけどな」
ギルフォードがおもむろにフューレアの頬に手を伸ばした。ほんの少しだけ、触れるようなそぶりをして、その手は彼の横に落ち着いた。
「ど、どうしたの?」
「フュー、長旅で疲れているだろう? 馬車までエスコートするよ」
「ええ」
さらりと会話を代えられたような気もしなくも無いが、二年ぶりの再会なのだから、このようなものなのかもしれない。
両親である男爵夫妻に見守られるという気恥ずかしさもあり、フューレアは少しだけ早足で馬車へと向かった。
* * *
「ふわぁ……よく寝た」
二年ぶりに帰還をした我が家の自室にて、フューレアは夢の世界から覚醒した。
カーテンの隙間から射す陽の光の柔らかさが懐かしい。長い間留守にしていたのにも関わらず、数日経つと、それこそが夢だったではないかというほどに、自室での生活に馴染んでいる。
「それだけロームに、ナフテハールの家に馴染んだってことなのかしらね」
しみじみ呟くと、胸の奥がつんとした。
この国に馴染んだということは、フューレアにとって生まれた国がその分遠くなったということだから。
部屋着に着替えて朝食会場でもある一階のサロンへ入ると、すでに両親とエルセが着席をしていた。
「おはよう。わたしが一番遅かったのね」
「あら、構いませんよ」
夫人はおっとりと微笑んだ。
「年寄りは早起きが得意だからね」
「あなたったら」
夫人が男爵に抗議の視線をやる。二人とも五十代後半で、男爵はすでに一線から退き半隠居生活を楽しんでいる。白銀の髪を持つフューレアとは違い、二人も昔は美しい白金だったのだが、最近では白い色のほうが目立つようになってきた。ちなみに瞳の色はフューレアが紫色で、両親は薄い青とやや紫がかった淡い青である。
ほのぼのしたやり取りに目を細めつつフューレアも同じテーブルの席に腰を落とした。
今日は晴れているのでサロンには春特有のやわらかな日差しが注ぎ込まれている。
目の前に運ばれてきたのはロルテーム風の朝食。薄切りにしたパンの上に総菜を乗せて食べるのがこの国流なのだ。乗っているのは酢漬けのニシンやハムやチーズ、野菜など。他にもバターをたっぷり練り込んだパン生地にカスタードを詰めて焼いたものなどもテーブルの上に用意されている。