訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
 公爵夫人になっても、みんなとはそのまま会いたいときにいつでも会える。

「そういえば、口付けって案外あっさりしたものなのね」

 結婚式の緊張から解き放たれ、運河を吹く開放的なそよ風に、フューレアはついぽつりとつぶやいた。
 歌劇で観た口付けのシーンはその演目のハイライトで、ヒロイン役の女優は甘い口付けがいかに素晴らしいのかを観客に歌って聞かせた。

「フュー、それは私に対する挑戦状?」
「え……?」

 と思う間もなく唇を塞がれた。
 それはもうたっぷりと長い間。
 遠くから歓声が聞こえた。
 ここ、外! と思うのに、柔らかな口付けの感触がフューレアの心を侵食していって、ギルフォードが離れていってしまうと名残惜しいと感じてしまった。

「続きは、また今夜」

 耳元でそっと紡がれた台詞に一人顔を赤くして。
 余裕たっぷりな旦那様のその顔に悔しくなる。
 むむ、とフューレアは悔しくなった。
 いつだって彼は余裕綽々なのだ。翻弄されるのはフューレアばかり。
 船を降りるとき、フューレアは手を貸してくれたギルフォードに背伸びをして、唇を寄せた。
「大好きよ、旦那様」
< 84 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop