第2ボタンより欲しいもの。 ~終わらない初恋~
「……っていうと?」

『今まで先生の作品を読んだことのなかった人達にも、先生の本を手に取ってもらえるってことです』

「ああ……」

 真樹にはその意味が何となく分かった。

 たとえば、今日来店した橘さん。彼が〈ブックランドカワナベ〉で取り寄せていたのも恋愛小説だった。
 もし真樹が恋愛ものの本を出すようになったら、彼が手に取ってくれることもあるのだろうか――。

『その評判がよければ、SNSで拡散されて知名度も上がります。そしたら既刊(きかん)本もまた売れます。メディアミックスもされるかもしれない。まさにいいこと尽くめじゃないですか!』

「そう……かもしれないですけど」

 〝メディアミックス〟という言葉は、真樹にとっても魅力的な響きを秘めていて、思わず頷きかけた。

『僕はこれでも、先生の作家としての将来を真剣に案じてるんですよ。先生だって、このままでいいとは思ってないでしょ?』

「う…………、それは……まあ」

 痛いところを衝かれ、真樹はたじろぐ。

『でしょ? だったら、これを機に思いきってこの話に乗っかってみませんか?』

 片岡が真樹の担当について一年が経つけれど、知らなかった。彼がこんなに乗せ上手な男だったとは!

「…………分かりました。あたし、やってみます。――あの、発売日って確か再来月でしたっけ?」

『はい。ですから、締め切りにも変更はありません。でも、先生はお仕事が早いですから大丈夫ですよね?』

「……はい。多分、大丈夫です」

「大丈夫ですか?」ではなく、「大丈夫ですよね?」と念を押されると、「大丈夫じゃない」とは言いにくい。真樹は押しに弱いのである。

「今からプロットを練り直せば、何とか」

 内容を変更する以上、すでにできているプロットはもう使えなくなる。使うにしても、そのままというわけにはいかない。多少手を加える必要はあるだろう。
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