ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第21話 選ばれし者】

 テーブルに置かれた紅茶をぼんやりと眺める。口をつけないまますっかり冷めてしまったカップの(ふち)は、蒸発した分だけ紅い輪を描いている。

 ハインリヒ王子と戻った先には、イライラした様子のジークヴァルトが待っていた。リーゼロッテの姿を認めるや否や、無言でその体を抱え上げ、王子に挨拶する暇もなく王妃の離宮に強制送還だ。

 離宮の入り口でリーゼロッテを降ろすと、ジークヴァルトは脱兎(だっと)のごとく走り去った。その後ろ姿をあっけにとられて見送った後、ベッティに連れられて星読みの間に戻ってきたら、中でそのジークヴァルトが待っていた。
 息切れしているところを見ると、一度王子の自室に行ってから、隠し通路を通って再びこちらへと戻って来たようだ。

(いくら王妃様の離宮には正面から入れないからって、そこまで無理しなくてもいいのに……。しきたりってこういうとき面倒ね)

 小さく息をつくと、腹に巻きつけられた腕にぎゅっと力が入った。

 リーゼロッテは今、ジークヴァルトの膝の上でちょこんと座っている。後ろから抱きすくめられたまま、もうどのくらい経っただろうか。
 紅茶に手をつけていないものそのためだ。飲みたいと言えば飲ませてもらえるだろうが、いたずらに水分をとるのも避けたいところだ。

(トイレに行きたいから離してくれとは、さすがに言いづらいものね)

 遠い目をしてそんなことを思う。

 ジークヴァルトは黙ったまま、リーゼロッテを抱え込んで離そうとしない。それくらい、王子と戻ってくるまでの間、リーゼロッテを心配しながら寒い廊下でずっとひとり待っていたのだろう。抱き上げられたジークヴァルトの手は、ものすごく冷たくなっていた。

 考えてみれば立て続けにいろいろなことが起きている。
 夜会に行けば異形に囲まれ、向かった茶会では異形に襲われ、王城でいなくなったと探してみれば、いきなり階段上から降ってくる始末だ。
 忙しいジークヴァルトにしてみれば、はた迷惑なことこの上ないに違いない。

(こんな婚約者、普通だったらとっくに願い下げだわ)

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