ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 辻馬車から降り立ったその男は、凝った背中を伸ばすためにぐっと両腕を上げた。肩口まで伸びた銀髪を揺らし、こきこきと首を何度か鳴らす。

「ったく、今年はひどい目にあったぜ」

 そうひとりごち、足元に置いてあった荷物を拾い上げる。

 龍の目前まであと僅かまで来て、気づくと(ふもと)の村の入り口に飛ばされていた。まさに一瞬の出来事だった。何か月もかけて分け入った山頂の間際、あと一歩というところで振り出しに逆戻りだ。

 龍のいやらしさに、もはや覚えるのは殺意ばかりだ。
 だが、確かに手ごたえはあった。いまだかつてなく、彼女の気配を近くに感じたのだから。

(マルグリット……次こそはお前を取り戻す)


 その男――イグナーツはゆっくりと振り返る。遠く煙る山脈を、睨むようにじっと見据えた。



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