ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第23話 求めゆく者】

 リーゼロッテの寝顔を、傍らに座ったジークヴァルトがじっと見守っている。その背中をエラは黙って見つめていた。仄かな明かりが灯った寝室に、時計の針が進む音だけが規則正しく響いている。
 ひそやかな寝息とともに、リーゼロッテが僅かに身じろいだ。うなされるように、ぎゅっとつらそうな顔になる。

「ジョ……ン……」
「大丈夫だ。何も問題ない」

 聞き取れないようなうわ言に、ジークヴァルトが耳元で囁いた。
 額にはりついた前髪を、その指でそっと梳く。続けてやさしく頬を撫でると、リーゼロッテは安心したように再び深い眠りへとついた。

「旦那様。そろそろタイムリミットです」

 控えめなノックのあと、開け放したままの扉の向こうからマテアスの声がした。中まで入ってこないのは、リーゼロッテへの配慮だろう。

 婚約者と言えど眠るリーゼロッテに公爵を近づけるなど、本来なら全力で阻止するところだ。だが自分が同席することを条件に、エラはこの状況を許容した。むしろそこにいるようにと言われては、ジークヴァルトを信用するよりほかなかった。

「王城からベッティさんが到着したようです。あとは彼女に任せて、旦那様は執務にお戻りください」
「どうして……!」

 エラは弾かれたように顔を上げた。ジークヴァルトの背中を見つめたまま、わなわなと唇が震えてしまう。

「どうしてわたしでは駄目なのですか? わたしはずっと、お嬢様に……っ」

 それ以上言葉にならない。公爵家に客人のように迎えられ、自分は常に蚊帳(かや)の外だ。

 リーゼロッテは病気の療養も兼ねて、公爵家へと赴いている。何事もあちらに任せるように。ダーミッシュ伯爵からはそう言われていた。
 だが王城でも、この公爵家でも、リーゼロッテが医師の診察をうけている様子はまったくなかった。それでも何かがあるのは確かのようで、周囲はみな、リーゼロッテに対して並々ならぬ気遣いを示す。

 一言で言えば疎外感だ。公爵家の人間にだけならまだしも、リーゼロッテに対してさえそれを感じる自分がいる。それがたまらなく歯がゆかった。

 そんなときに先ほどの騒ぎだ。ようやく王城から戻ってくると知らせを受けた矢先に、血相を変えた公爵がリーゼロッテを抱えて飛び込んできた。苛立った王兄に、負傷したような幾人もの騎士たち。騒然となる公爵家を前にして、何もなかったなどと誤魔化されるはずもないだろう。

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