ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第25話 陰謀の夜会 -前編-】

 夜会のドレスの仮縫いを終えて、リーゼロッテは一息ついていた。今度の夜会は王城で開催されるものの、白の夜会ほどは大規模なものではない。

 とはいえ、新しい年を迎えるお祝いのような舞踏会であるため、社交好きの貴族の大半は参加する。大みそかから年明けの翌日まで夜通し行われる夜会は、冬の間雪に埋もれるこの国の貴族たちにとって、唯一にして最大の楽しみと言えた。

「先ほどのドレスはとっても不思議な織物でしたねぇ」
「ジルケ伯母さまに頂いた隣国の絹織物なのよ」

 興奮気味のベッティは、不思議な光沢を放つあの生地がいたく気に入ったようだ。

「アンネマリー様も同じ織物で、ドレスを仕立てておられるそうですね」
「そうなの! 白の夜会ではアンネマリーに会えずじまいだったから、次の夜会が待ち遠しいわ。アンネマリーのドレス姿もきっと素敵ね」

 リーゼロッテがうれしそうに両手を合わせると、エラとベッティは互いに目を見合わせた。白の夜会でアンネマリーが、王妃に贈られた宝飾とドレスを纏っていたことは、今でも社交界で話題になっている。

 クラッセン侯爵令嬢は王子の不興を買った。もはやクラッセン家に未来はない。そんなうわさ話に花が咲いたかと思うと、いや、彼女は王妃のお気に入りである。王太子妃候補はクラッセン侯爵令嬢が有力だ。そんな風に吹聴する者も多くいた。白の夜会を途中で抜けたリーゼロッテの耳に、その話は届いていない。

「クリスタお義母様とジルケ伯母様も、結婚前はよくおそろいのドレスで夜会に行ったそうよ」
「亜麻色の髪の姉妹として、おふたりは社交界で名をはせていらっしゃいましたからね」
「わたくしね、貴族名鑑で若い頃のお義母様たちの絵姿を見たの。ジルケ伯母様はアンネマリーそっくりだったわ」
「先日カイ坊ちゃまと調べ物をしていた時ですかぁ?」
「ええ、そうよ」

 ベッティはあの日、同じ書庫の中で控えていた。考えてみたら、ベッティはあの頃からリーゼロッテを守っていたのかもしれない。

(でも、エラには黙っておいた方がいいかしら……)

 エラも『カイ坊ちゃま』のワードに首をかしげている。そうなるとエラにはカイとベッティが兄妹である事実は伝えていないのだろう。そう思ってリーゼロッテは話題を戻すことにした。

「ジークヴァルト様は幼くて、とても可愛らしかったわ」
「まあ、公爵様が」
 エラが目を丸くする。可愛らしいジークヴァルトなど、なかなかに想像し難いものがある。
「アンネマリーは赤ん坊の頃から髪がふさふさだったわ。わたくしなんて産毛がちょっと生えているくらいだったのに」
「お嬢様の赤ん坊姿……きっと天使のようだったのでしょうね。その頃にお会いできなかったことが本当に残念です」
「わたくしが生まれたばかりの時は、エラだってまだ小さいじゃない」
 くすくすと笑いあっていると、部屋にエマニュエルがやってきた。

「リーゼロッテ様。もしよろしければ久しぶりにお話がしたいと、アデライーデ様がサロンでお待ちです」
「アデライーデ様がお帰りになっているの? すぐにお会いしたいですわ」
 アデライーデと会うのは白の夜会以来だ。リーゼロッテはふたつ返事でアデライーデの元へと向かった。

< 1,291 / 2,019 >

この作品をシェア

pagetop