ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 星の読みの間ではリーゼロッテが待っていた。瞳を輝かせてアンネマリーの元に駆け寄ってくる。

「アンネマリーが王子殿下の託宣の相手だったなんて! わたくし本当にうれしくて……!」

 ハグしてくるリーゼロッテの瞳はすでに潤んでいる。心からよろこんでくれているのが伝わってきて、夜会でリーゼロッテに暗い感情を向けていた自分が、アンネマリーは急に恥ずかしくなった。
 ハインリヒの隣に立つ人間として、自分ももっとしっかりしなくては。そんなことを強く思う。

「ありがとう、リーゼロッテ。わたくしも驚いているの……託宣の話なんて今まで聞いたことがなかったから……」

 アンネマリーはあの日、ハインリヒに抱えられたまま、王の前へと連れていかれた。そのことだけでも激しく動揺したが、いきなりハインリヒがその場で自分との婚姻を宣言したので、なかば放心状態となってしまった。

「いまだに夢を見ているんじゃないかと思うことがあって」
「無理もないわ。いきなり龍の託宣だなんて、わたくしも去年初めて聞かされて驚いてしまったから。わたくしとジークヴァルト様の婚約も龍から賜ったものなのよ」
「え? リーゼロッテもなの?」

 ここのところ、驚きの連続だ。常識が常識でなくなって、非常識なことをたくさん受けとめなければならない。正直、混乱してないと言うと嘘になる。

 ハインリヒはすべてを話してくれた。長い歴史の中、この国を導いてきた龍の存在。国の成り立ちにその在り方。ずっと探していた託宣の相手。女性に触れることのできないハインリヒの理由。
 ひとりの令嬢を傷つけてしまった過去も、アンネマリーに取ってきた態度の訳も、隠すことなく打ち明けてくれた。

 その苦悩は自分の想像をはるかに超えていて、アンネマリーはハインリヒの言葉に涙した。どこか遠い瞳で語るハインリヒの冷えきった指は、ずっとアンネマリーに触れていた。それを温めてあげたくて、アンネマリーは話が終わるまでその手をそっと握り返した。

「でも、本当によかった。王子殿下とアンネマリーが思い合っているのは、わたくしずっと分かっていたから」

 リーゼロッテの言葉に、アンネマリーの頬が染まる。そのことがいちばん信じられないでいた。あのハインリヒの心が自分に向けられているなど、夢なら醒めないでほしいと今でも本気で思ってしまう。

「わたくしね、公爵様に大事にされているリーゼロッテがずっとうらやましかったの」
「ジークヴァルト様はわたくしが託宣の相手だから、責任感でやさしくしてくださっているのよ。でも、王子殿下とアンネマリーは両思いだもの。よほどアンネマリーの方がうらやましく思えるわ」
「え? でも……」

 アンネマリーの目から見て、リーゼロッテへの公爵の執着ぶりは相当なものだった。それは義務感に駆られているとは到底思えない。しかし、リーゼロッテは本気でそう思っているようだ。

「ねえ、アンネマリーは体のどこにも龍のあざはないって言っていたでしょう? だから、わたくしそれが不思議で……」
「それが髪の奥にあったらしいの」

 アンネマリーは自分の後頭部に手を添えた。ここにハインリヒの託宣の相手の(あかし)であるあざがある。ハインリヒが触れると、体が耐え難いほどの熱を帯びる場所だ。そのことを思い出すと自然と頬が朱に染まった。

「そんなところに隠れていたなんて! アンネマリーは赤ちゃんの頃から髪がふさふさだったから、それで見つからなかったのね」

 その言葉にアンネマリーは悲しそうな顔をした。自分に龍のあざがあると初めから分かっていたなら、ハインリヒはあんなにもつらい思いをすることはなかったはずだ。そう思うと、この扱いづらい髪が余計に嫌になって来る。

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