ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第1話 冬のひより】

「ですが、あの日……わたくし泣きましたわ」

 リーゼロッテの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。驚いたように目を見開き、信じられないといった顔を向けてくる。

(――マテアスの言うとおりだ)

 いつも自分は言葉足らずだ。この感情を形にするのは難しい。心のままに触れるのも、失うことになるのではと思うと怖くなる。

(だが、もっと信じていいのかもしれない)
 彼女のこころを。この涙を。

 吸い込まれそうな緑の瞳に魅入られたまま、頬に伝うそれを親指の腹でぬぐい取る。

「ああ……あの日、泣いたお前も可愛かった」

 今宵、落ちた涙もまた、どこまでも輝いて――


 ふたりの思いが通じるのは、まだ、もう少し先。さわやかな風が吹く、初夏の夜会の話。





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