ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第4話 哀れみの匙】

「気に入らないわね」

 あの日以来、ツェツィーリアは公爵家にずっと滞在している。というより、リーゼロッテにべったりとくっついて片時も離れないでいた。それこそ、食事から湯あみ、寝る時間に至るまで、ストーカーのごとく付きまとっている状態だ。

 しかし、ジークヴァルトが登城する際にリーゼロッテを連れて行くものの、その時ばかりはツェツィーリアは留守番をさせられている。そのことが不満で、先ほどからエラに突っかかっていた。

「どうしてリーゼロッテお姉様は連れて行ってもらえるのに、わたくしは置いてけぼりなのよ」
「そうおっしゃられましても、ツェツィーリア様はまだ社交界デビューもされていませんし、後見人でもいらっしゃらない公爵様が王城へお連れするのは難しいかと……」
「そんなことは分かっているわ。どうしてお姉様は許されるのかと聞いているのよ。ただ婚約者というだけでしょう?」
「お嬢様は公爵様の託宣のお相手でございますし、王にお許しもいただいているとのことですので」
「龍が決めたからって何よ、気に入らないわ」

 何をどう言ってもこの調子のツェツィーリアに、エラはほとほと困っていた。

 エントランス近くにあるこのサロンでリーゼロッテの帰りを待っていたら、侍女を連れたツェツィーリアがやってきた。しばらく話し相手をしていたのだが、これ幸いとばかりにお付きの侍女がいつの間にかいなくなってしまったのだ。

 このままツェツィーリアをひとりにするわけにもいかず、エラは辛抱強く会話を続けていた。ああ言えばこう言う子供の相手をするのは、なかなかに疲弊する。しかも子供と言えど、ツェツィーリアは上位貴族だ。気分を害さないようにと言葉選びも慎重にならざるを得なかった。

 クッキーの欠片をぽろぽろとこぼしまくるツェツィーリアを前に、弟妹たちが幼かった時の頃を思い出したエラは、思わずその口元をやさしくぬぐった。不敬と咎められるかとも思ったが、ツェツィーリアはエラの好きにさせている。

「ねえ、エラはずっとリーゼロッテお姉様の侍女をしているの?」
「はい、今までも、これからも、わたしはリーゼロッテ様の侍女でございます」
「……気に入らないわ」

 むっと唇を尖らせてから、ツェツィーリアは不機嫌なまま俯いてしまった。小さな手に握っていたクッキーがぽきりと割れて、ソファの上へと崩れていく。粉にまみれた手を、ツェツィーリアは力なく下へと降ろした。

 その手を開かせ、クッキーの欠片をきれいに拭っていく。されるがままになってはいるが、ツンと唇を尖らせてツェツィーリアの機嫌は斜めなままだ。

「ツェツィーリア様……不敬を承知で申し上げますが、淑女の作法をきちんとお身につけになりませんと、恥をおかきになるのはレルナー公爵家なのですよ」
「……あんな家、どう思われようと知ったことではないわ」
 ぽつりと言ったまま、ツェツィーリアはそのまま黙りこくった。小さな指でエラの手をぎゅっと握り返してくる。
「ツェツィーリア様……」

 公爵家の令嬢であるのにも関わらず、ツェツィーリアはぞんざいに扱われている。エラの目から見てもそれは明らかだった。お付きの侍女が理由もなく主人を放り出していくなど、常識ではあり得ないことだ。
 他家の問題など、エラに首を挟む義務も権利もない。そうは思うものの、何か言葉を探している自分に気づく。

(こういった時、リーゼロッテお嬢様ならどうなさるかしら……)

 以前の自分なら、自分や身内に火の粉が飛んでこないのならば、無関心を決め込んでいたことだろう。

「エラ様、お探ししましたよ。ああ、ツェツィーリア様もご一緒でしたか」

 ふいにサロンの入り口からマテアスが姿を現した。

「何よ、気に入らない言い方ね。わたくしがエラといてはいけないって言うの?」
「とんでもございません。わたしはただエラ様に、旦那様とリーゼロッテ様が間もなくお戻りなられると、お知らせしに参っただけでございますよ」
「それを早く言いなさい!」

 握っていたエラの手をぱっと離すと、ツェツィーリアは公爵令嬢らしからぬ動作で、廊下へと走っていった。

「何しているのよ、早く案内しなさい」

 振り返って焦れたように言う。命令し慣れているその姿は、幼くとも一端(いっぱし)の貴族だ。エラは促されるままマテアスと共に、ツェツィーリアを連れてエントランスへと急ぎ向かった。

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