ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 エーミールはエラを公爵家の馬車に乗せると、自らもそれに乗り込んだ。行きは馬を走らせたが、この雨では道中危険を(ともな)う。厚い雲が日差しを(さえぎ)り、遠くの空から雷鳴が聞こえてくる。辺りはもう夕刻が来たかのような薄暗さだ。

 対面に座ろうとするエラを制して、隣の席に座らせた。戸惑いながらも、エラはおとなしく横にいる。
 馬車が静かに走り出した。打ち付ける雨が、窓を滝のように流れていく。

 この家に戻ってきて、こうなることは初めから分かっていた。ただ、エラと一緒に来たのが間違いだっただけだ。

 ――癒されたい

 ふと、ニコラウスがいつも言っている言葉が脳裏に浮かんだ。他人に癒しを求めるなど、()骨頂(こっちょう)だと思っていた。(おのれ)の感情などは、自分自身でコントロールするものだ。

 少し距離を開けて隣に座る、エラの姿を見やった。降りしきる雨の中、ぼんやりと映し出される窓の景色を、彼女はじっと見つめている。

 膝の上で行儀よく重ねられた手を握り、エーミールは何も言わずにエラの体を引き寄せた。エラの口から息を飲むような声が漏れる。身をこわばらせたまま固まるその耳もとで、エーミールは小さく(ささや)いた。

「今だけだ――今だけ、こうしていてくれ」

 はっと顔を上げようとしたエラのうなじを、拘束するように手で押さえた。今は顔を見られたくない。雨音だけが響く中、馬車は速度を落として進んでいく。

 力を抜いたエラの腕が、そっと背に回された。(こた)えるようにエーミールは、さらにきつくエラを抱きしめた。



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