ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第12話 託宣の涙】
「ジークヴァルトが襲われた?」
「新年を祝う夜会と同じ瘴気が、フーゲンベルク家に現れたそうです」
カイの報告にハインリヒは執務の手を止めた。
「命に別条はないとのことですが、平民の体を盾に取られて、今回はこっぴどくやられたみたいです」
「……そうか」
ハインリヒは執務机を指でとんとんと叩いた。先日の夜会での騒ぎの首謀者は誰なのか、その目星はついている。だが、証拠不十分で今は泳がせている状態だった。
「バルバナス様が砦の騎士を集めて調査に乗り出してはいますが、フーゲンベルク家にこれと言った痕跡は残されていないようですね。憑かれていた者たちも記憶がないそうで、公爵家で手厚い看護を受けているとのことです」
「そうか」
「ミヒャエル殿を呼び出して詰問することはできないんですか?」
言葉少なくずっと考え込んでいるハインリヒに、カイが問うた。難しい顔をしてハインリヒは大きく息を吐く。
「別件で呼び出してはいるが、体調不良を理由に応じようとしない。父上もそれ以上強くは出るつもりはないらしい」
事を大きくしようとしない父王に苛立ちを覚えるも、自分が何かを言ったところで、『全ては龍の思し召し』で済まされてしまうのは目に見えている。
「夜会ではリーゼロッテ嬢に返り討ちにされたと聞きました。呪詛返しを受けたとしたら、ダメージは相当大きいはず。本当に体調が悪いということもあるのでは?」
「いや、入り込ませた者の情報だと、神殿内では今まで通り動き回っているようだ」
「そうですか……神殿に籠られると厄介ですね」
神殿は王家とは独立した組織として地位を確立している。王と言えど、その立場を振りかざして、強引な振る舞いをすることは許されない。
「フーゲンベルク家に襲来があった日に、枢機卿の私室からただならない気が発せられていたとの報告もある」
「それをネタに引っ張ってこれないんですか?」
「優秀な者が僅かに感知した程度の事らしい。神殿内部からの告発ということにするのも無理がある。神官とは名ばかりで、力を持つ者はほとんどいないからな」
ハインリヒの言葉に、カイは少し考えるそぶりをした。
「……レミュリオ殿ならどうでしょう?」
盲目の美青年を思い浮かべる。レミュリオはまだ若いが、時期神官長の呼び声も高い男だ。力ある者としても、王家の人間に引けをとらないほどのものを秘めていた。
一方ミヒャエルは、神殿内では神官長に次ぐ地位を確立している。だがそれは、恐喝や金銭などを用いた強引な手口で築いてきたものだ。神殿というより庶民向けの教会組織に根を張り、私腹を肥やしてばかりいる。そんなミヒャエルが、次の神官長に指名される可能性はまずないと言えた。
「レミュリオ神官は神官長の秘蔵っ子だからな。事なかれ主義の神官長の意向に沿って、こちらにつく可能性は低いだろう」
「まあ、彼も油断ならない性格してそうですしね」
「そう言うことだ」
肩をすくめて言うカイに、ハインリヒは渋い顔で同意を示した。
「父上も一体何を考えているのか……」
長く息を吐く。アンネマリーとの間に子ができれば、その段階で自分が王位を継ぐことになる。山積みの諸問題も王位と共に引き継ぐのかと思うと、今から気が重くなってくる。
今ある厄介ごとを、ディートリヒ王は積極的に解決しようとしない。それを押し付けられるように感じてしまうのも仕方のないことだった。
「父上は今日禊明けか……」
「ああ、祈りの儀の期間でしたね」
この国の王は月に三日、祈りの間に籠るしきたりがある。そこで何が行われているのか、王太子であるハインリヒにも知らされてはいなかった。
「とにかくヴァルトの出仕はしばらく無理と言うことだな。カイ、すまないがまたしばらく王城に留まってもらえるか?」
「もちろんです」
イジドーラ王妃からも頼まれていることだったので、カイは快く頷いた。
「その代わりひとつ、ハインリヒ様に頼みたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
いつでも頼るように言ってはいるが、実際にカイが何か頼みごとをしてきたことは数少ない。カイは神妙な顔つきでその口を開いた。
「実は……」
カイの提案に、難しい顔をしてハインリヒはしばし考え込んだ。
「新年を祝う夜会と同じ瘴気が、フーゲンベルク家に現れたそうです」
カイの報告にハインリヒは執務の手を止めた。
「命に別条はないとのことですが、平民の体を盾に取られて、今回はこっぴどくやられたみたいです」
「……そうか」
ハインリヒは執務机を指でとんとんと叩いた。先日の夜会での騒ぎの首謀者は誰なのか、その目星はついている。だが、証拠不十分で今は泳がせている状態だった。
「バルバナス様が砦の騎士を集めて調査に乗り出してはいますが、フーゲンベルク家にこれと言った痕跡は残されていないようですね。憑かれていた者たちも記憶がないそうで、公爵家で手厚い看護を受けているとのことです」
「そうか」
「ミヒャエル殿を呼び出して詰問することはできないんですか?」
言葉少なくずっと考え込んでいるハインリヒに、カイが問うた。難しい顔をしてハインリヒは大きく息を吐く。
「別件で呼び出してはいるが、体調不良を理由に応じようとしない。父上もそれ以上強くは出るつもりはないらしい」
事を大きくしようとしない父王に苛立ちを覚えるも、自分が何かを言ったところで、『全ては龍の思し召し』で済まされてしまうのは目に見えている。
「夜会ではリーゼロッテ嬢に返り討ちにされたと聞きました。呪詛返しを受けたとしたら、ダメージは相当大きいはず。本当に体調が悪いということもあるのでは?」
「いや、入り込ませた者の情報だと、神殿内では今まで通り動き回っているようだ」
「そうですか……神殿に籠られると厄介ですね」
神殿は王家とは独立した組織として地位を確立している。王と言えど、その立場を振りかざして、強引な振る舞いをすることは許されない。
「フーゲンベルク家に襲来があった日に、枢機卿の私室からただならない気が発せられていたとの報告もある」
「それをネタに引っ張ってこれないんですか?」
「優秀な者が僅かに感知した程度の事らしい。神殿内部からの告発ということにするのも無理がある。神官とは名ばかりで、力を持つ者はほとんどいないからな」
ハインリヒの言葉に、カイは少し考えるそぶりをした。
「……レミュリオ殿ならどうでしょう?」
盲目の美青年を思い浮かべる。レミュリオはまだ若いが、時期神官長の呼び声も高い男だ。力ある者としても、王家の人間に引けをとらないほどのものを秘めていた。
一方ミヒャエルは、神殿内では神官長に次ぐ地位を確立している。だがそれは、恐喝や金銭などを用いた強引な手口で築いてきたものだ。神殿というより庶民向けの教会組織に根を張り、私腹を肥やしてばかりいる。そんなミヒャエルが、次の神官長に指名される可能性はまずないと言えた。
「レミュリオ神官は神官長の秘蔵っ子だからな。事なかれ主義の神官長の意向に沿って、こちらにつく可能性は低いだろう」
「まあ、彼も油断ならない性格してそうですしね」
「そう言うことだ」
肩をすくめて言うカイに、ハインリヒは渋い顔で同意を示した。
「父上も一体何を考えているのか……」
長く息を吐く。アンネマリーとの間に子ができれば、その段階で自分が王位を継ぐことになる。山積みの諸問題も王位と共に引き継ぐのかと思うと、今から気が重くなってくる。
今ある厄介ごとを、ディートリヒ王は積極的に解決しようとしない。それを押し付けられるように感じてしまうのも仕方のないことだった。
「父上は今日禊明けか……」
「ああ、祈りの儀の期間でしたね」
この国の王は月に三日、祈りの間に籠るしきたりがある。そこで何が行われているのか、王太子であるハインリヒにも知らされてはいなかった。
「とにかくヴァルトの出仕はしばらく無理と言うことだな。カイ、すまないがまたしばらく王城に留まってもらえるか?」
「もちろんです」
イジドーラ王妃からも頼まれていることだったので、カイは快く頷いた。
「その代わりひとつ、ハインリヒ様に頼みたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
いつでも頼るように言ってはいるが、実際にカイが何か頼みごとをしてきたことは数少ない。カイは神妙な顔つきでその口を開いた。
「実は……」
カイの提案に、難しい顔をしてハインリヒはしばし考え込んだ。