ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
「リーゼロッテ様、お誕生日おめでとうございます。今夜はお祝いに、旦那様との晩餐(ばんさん)の席をご用意させていただきます。楽しみにお待ちくださいね」
「ありがとう、マテアス」

 糸目でにっこりと言われ、リーゼロッテは若干引きつった笑顔を返した。忙しいジークヴァルトと晩餐を囲むことは滅多にない。だが食事を共にするときは、必ずと言っていいほどあーん攻撃が連打で繰り出される。

「あの、マテアス……今日はわたくしの誕生日よね? それってわたくしが主役ということよね?」
「もちろんでございます」
「だったら、晩餐では自分の手でお食事をいただきたいから……その、ジークヴァルト様にはマテアスからそう伝えてほしいのだけれど」

 両思いになったとはいえ、使用人の前で行われるあーんはものすごく恥ずかしい。料理の味を堪能するためにも、自分のペースで食べさせてほしかった。
 少し考えるそぶりをしてからマテアスは、胸に手を当て「仰せのままに」と(うやうや)しく腰を折った。

 ほっと息をつき、エラの姿を探す。短い夏の真ん中を過ぎたあたりの今日は、リーゼロッテの十六の誕生日だ。そんな日にエラがそばにいないのは珍しいことだった。

「エラ様ならエントランスまでエデラー男爵をお迎えに行かれてますよ」
「エデラー男爵様がいらしてるの?」
「リーゼロッテ様がご自分でお祝いの品を選べるようにと、旦那様がエデラー商会を呼び寄せたのです。男爵様が自ら来てくださったようですね」

 エデラー男爵はエラの父親だ。リーゼロッテは顔を知っているくらいで、今まで話す機会はほとんどなかったように思う。

(今日はエラに甘えないようにしないと)

 久しぶりに父親に会って、積もる話もあるだろう。いつもエラに頼りきりの自覚があるリーゼロッテは、そう思ってひとり頷いた。

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