ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第3話 弔いの鐘】

 秋の訪れを知らせる雨の中、葬儀はしめやかに行われた。
 亡くなった貴族の御霊(みたま)は、最寄りの神殿で見送られることになる。グレーデン領は王都に近いこともあり、ビエルサール神殿が選ばれた。

 通称「本神殿」と呼ばれるここは、本来、王家のための神殿だ。王城の敷地内にあり、ウルリーケが元王族であることを考えると、この場での葬儀はその立場に相応(ふさわ)しいものだといえた。
 しかし立派な祭壇とは裏腹に、参列する者の数は多くない。悪天候という名分も相まって、その半数以上が親族で占められていた。

 そんな中、アデライーデはバルバナスと共に葬儀に(おもむ)いていた。ウルリーケとバルバナスは昔から犬猿の仲だった。だがバルバナスは王族代表の立場として今この場に立っている。文句を言うこともなく、淡々とした表情で参加していた。
 神殿の広間はこの時期にしては肌寒く、黒のヴェールがいっそう視界をくすませる。

(ひど)い葬儀だわ)

 親族はおろか、息子も孫も、誰ひとりとして涙を流す者がいない。そこここから今後のグレーデン家の行く末を嘆く声が聞こえてくる。己の保身に走り、葬儀などそっちのけだ。
 グレーデンの女帝と恐れられ、長きに渡り侯爵家を力をもって支配してきた。その代償がこの(じつ)のない葬儀というのならば、それもウルリーケの自業自得なのだろう。

(わたしだってそう……)

 子供時代に甘やかしてもらった記憶はある。しかし彼女のやせ細った遺体を前にしても、何の感情も生まれてこなかった。

 ウルリーケは初めから最期(さいご)まで、自分のためだけに生きる人間だった。(おのれ)のみがかわいく、己のみが可哀そうな。そんな寂しい人間だった。

 ふとざわめきが途切れ、遅れてやってきたふたり連れに注目が集まった。異様なほど静まり返ったこの斎場に、すすり泣く声が小さく響く。
 その主はジークヴァルトに連れられたリーゼロッテだった。(こら)え切れないように、大きな瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ出る。

 喪服に包まれ小刻みに口元を震わせる様子は、見る者にどうしようもない居たたまれなさを感じさせた。幾人かの人間が、つられるように涙ぐんだ。それでも今ここにいる中で、心からウルリーケの死を(いた)む者は、リーゼロッテひとりだけなのだろう。

 そんなことを思いながら、アデライーデはぼんやりと葬儀の流れを見守った。
 ウルリーケの魂が無事に青龍の御元へ還れるよう、神官が朗々と祈りを捧げていく。

 王族だったウルリーケのために、(とむら)いの(かね)が三度だけ鳴らされた。

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