ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 驚いたように顔を離す。恐る恐る指であざに触れ、リーゼロッテは熱のこもった瞳を向けてくる。

「ね? ヴァルト様もわたくしのここ触ってみて? わたくしもあついの。だから、ほら」

 腕を掴まれ胸元へと導かれる。振りほどこうと思えばそうできたのに、ジークヴァルトの指先はリーゼロッテのあざへとそのまま触れた。
 お互いがお互いの龍のあざに触れている。電流のごとく耐え難い熱が、体中を駆け抜けた。

 気づいたときには口づけていた。乱暴に抱き寄せ、逃がさないようにと囲い込む。舌を求めてねじ込むと、彼女も素直に絡め返してくる。甘いカカオの味と共に、アルコールの芳香が口の中を広がった。

 浮かされるような吐息が、リーゼロッテの口から漏れて出る。それすらも飲み込むように、口づけを深めていった。

 腹に当てられていた小さな指が、鳩尾(みぞおち)のあざをなぞってくる。触れられるまま更なる熱に追い立てられて、ジークヴァルトの手は何の躊躇(ちゅうちょ)もなくリーゼロッテの胸元にすべり込んだ。
 指が彼女のあざをかすめると、リーゼロッテの口から切なげな声が漏れる。吸い付くような(すべ)らかな肌に、夢中になってさらに奥に手を這わせた。

 片手にすっぽりと収まる胸は、ジークヴァルトの想像を遥かに超えて驚くほどに柔らかい。やわやわともみ込むと、荒い息遣いと共に胸先が固くなっていく。

「ふ……ぁ、ん」

 もっと甘い声を聞きたくて、(むさぼ)っていた唇を解放する。どちらのものともつかない唾液の橋が、ふたりをつないでぷつりと途切れた。熱をはらんだ視線で、リーゼロッテはその(さま)を目で追っていく。

 耳に舌を這わせると、息を乱して身をよじる。ずっとこうしたかった。白い首筋に赤い(あと)を散らすたび、甘やかな声が漏れて出る。

 止めなくてはという考えすら、もはや浮かばなかった。ソファの上に組み敷いて、お互いの熱と息遣いだけが支配する。

 両手で胸をもみ込みながら、彼女のあざに口づけた。連動するようにジークヴァルトの龍のあざも耐え難く熱を持つ。胸の先端を指で転がすと、(のど)をのけ反らせリーゼロッテの体が小さく()ねた。

 彼女の快楽が自分にも伝わってくるのが分かった。この舌がなぞる肌も、指が()り上げる赤く腫れた胸先も、触れるほどに互いの熱が高まっていく。その快感が自分のものなのか、彼女のものなのか。その境界すらも曖昧(あいまい)に溶けていく。

 夢中になって彼女の感覚を追った。しかし、ある時からまったく反応が返ってこなくなったことにふと気づく。
 (いぶか)しみ、うずめていた胸元から顔を上げる。無防備に肢体をさらけ出したまま、リーゼロッテは静かな寝息を立てていた。

 平和そうな寝顔をしばし見つめ、そこでようやくジークヴァルトは我に返った。混乱した頭が正常に働かない中、未練がましい指先が、無意識に柔らかな胸をもみ込んだ。不快そうに眉根を寄せて、リーゼロッテはその手を無造作にぺしっと払いのけてくる。

「リーゼロッテお嬢様……?」

 開け放した扉の向こう、衣裳部屋から声がした。血の気の引く思いで身を起こす。はだけられたままの夜着の前をかき集め、ジークヴァルトはリーゼロッテをものすごい勢いで横抱きに抱え上げた。
 大股で衣裳部屋へと入ると、恐る恐る扉を伺おうとしていたエラと鉢合わせする。

「お嬢様っ!?」

 悲鳴を無視して、リーゼロッテを寝室へと無言で運ぶ。くにゃりと力が入っていない体を横たえて、上掛けのリネンで首元まで覆った。

「公爵様……一体何が……」

 青ざめたエラが震える声で問うてきた。乱れた夜着のリーゼロッテは気を失っている。自分のシャツも前がはだけられたままだ。

「酒が」
「え?」
「アンネマリー()に渡された菓子に酒が入っていた。故意ではない。不可抗力だ」

 いまだ整わない息が、荒く繰り返される。説得力などまるでないが、事実としてそう告げた。

 はっと息を飲んだ後、エラは冷静でいてどこか躊躇(ちゅうちょ)するように口を開いた。

「公爵様……お嬢様のために、その、耐えてくださって、本当にありがとうございます」
「……あとは頼む」

 それだけ言って寝室を後にする。

「あの……! お酒を召した間のことは、お嬢様はいつもお忘れになられますから!」
「ああ、承知している」

 振り返らずに短く答えた。足早に自室に戻ると、アルコール交じりの甘いにおいと共に、彼女の残り香が(ただよ)っていた。

 ジークヴァルトは冷水を浴びた。それでも熱は収まらなくて、屋敷の廊下中を駆け、再び冷たい水を頭からかぶった。

 そんなことをジークヴァルトは、一晩中、何度も何度も繰り返した。


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