ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第11話 君がため】

「オエオッオーっ!!」

 マンボウの雄叫(おたけ)びが窓の外に響く。すぐさま身を起こし、リーゼロッテはカーテンを一気に開けた。
 眼下にはうっすらと(しも)の降りた庭が広がっている。やわらかい朝日を浴びながら、マンボウが再び(のど)を反り返らせて、声高らかに雄叫びを響かせた。

「おはよう、マンボウ」
「オエーっ」

 白い息を吐きながら二階のテラスから声をかけると、マンボウはすぐさま挨拶を返してきた。

(やっぱり朝はこうでなくちゃ)

 公爵家に戻っていた間は、マンボウがいなくてなんだか物足りなく感じていた。しかし枕元で鶏を放すわけにもいかない。早くに目が覚めても、エラに起こされるまでおとなしく横になっていたリーゼロッテだった。

(お酒を口にした次の日だけは、遅くまで寝てしまったけれど)

 東宮で早寝早起きが習慣化していたリーゼロッテにしては、めずらしくゆっくりな起床だった。アルコールを飲んだ翌日はいつもそうだ。目覚めた後もしばらくぼんやりとしてしまう。

(あの夜、なんだかすごい夢を見たのよね……)

 断片的に残っているその夢を思い出して、リーゼロッテはひとり顔を赤らめた。

 夢の中、リーゼロッテはジークヴァルトといやらしいキスをした。舌を深く絡ませて、ふたりの唇が唾液の糸で繋がって。

 そのあとに胸をめちゃくちゃ揉みしだかれたように思う。ジークヴァルトの長い指で乳首を摘ままれて、夢だというのにあまりの気持ち良さに、おかしな声まで上げてしまっていた。

(わたしってば欲求不満なのかしら……)

 とてもではないが口には出せない痴女ぶりだ。

 頬の熱を引かせるために、冷たい水で顔を洗う。再び自分ひとりでやらなくてはいけない生活に戻ったのだ。エラを泣かせないためにも、これからはサボらず肌の手入れもしなくては。

 着替えを済ませると、廊下に人の気配がした。声掛けもなくその人物はすぐ去っていく。
 完全に気配がなくなったのを確かめて、リーゼロッテはそうっと扉を開けた。廊下には朝食の乗ったワゴンが無造作に置かれている。リーゼロッテの二度目の来訪に、ヘッダの態度はますます冷たいものとなっていた。

(食事を運んでもらえるだけでも、ありがたく思わないとだわ)

「いただきます」
 いつものように手を合わせてから、リーゼロッテはひとりきりの朝食を味気なく頂いた。

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