ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 久々に遅くまで眠れた朝、アンネマリーは満たされた気持ちで目を覚ました。体は気だるいが、それがまた心地よくも感じられる。

「おはよう、アンネマリー」

 すでに着替えが済んでいたハインリヒに口づけられて、アンネマリーは恥ずかしさに頬を染めた。王太子妃となってから、ハインリヒより早くに起きた試しがない。くせっ毛の寝起きの髪は、いつもひどいことになっている。爆発した髪を愛おしそうに撫でられて、ますます恥ずかしくなってきた。

 胸をやわやわと揉み出したいたずらな左手を、アンネマリーは制するように抑え込んだ。ハインリヒはこの大きすぎる胸が本当に好きだ。そんなこと思いながら、ハインリヒの手に視線を落とすと、はっとしてそれを両手でつかみ取った。

「ハインリヒ……手のあざが……」

 ハインリヒが大きく目を見開いた。確かめるように左手の甲を見つめるも、いつもそこにあった龍のあざはどこにもない。

 いきなり強く抱きしめられる。耳元の髪に顔をうずめたまま、震える声でハインリヒはアンネマリーに告げた。

「わたしの子が……君の体に宿ったんだ」
「子が……?」

 確かめるように腹に手を当てる。何度もハインリヒを受け入れた昨夜の(うず)きがあるだけで、そこに実感はまるでなかった。

「龍のあざを消えたということは、わたしの託宣が果たされたという(あかし)だ」

 思わずうなじに手をやり、自身のあざにアンネマリーは触れた。上からハインリヒが手を重ねてくる。

「君のあざはまだ残っているよ。これは子が生まれた時に消えるものだから」

 やさしく唇を(ついば)まれ、アンネマリーは再び自身の腹部に視線を落とした。この国の龍の存在。この一年、王妃となるべく知識としてそれを学んできた。
 だがずっとどこか信じていない部分があった。その力を今はじめて目の当たりにしたのだ。

「王に……報告に行ってくる。すぐに戻るから、君はこのまま休んでいて」

 もう一度口づけを落として、ハインリヒは寝室を出ていった。


 この日を境に、ハインリヒの王位継承に向かって、ふたりの立場は目まぐるしく変わっていくのだった。



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