ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第14話 受け継ぎし者 -後編-】

「今日は王位継承の日ね……またパレードも行われるのかしら?」
「そのようですね。新しい王の誕生に、国中が沸き立っていますから」

 王子とアンネマリーが結婚した一年前も、王都の街でパレードが行われた。王家の馬車が大通りをゆっくりと進み、笑顔を保つのがたいへんだったとアンネマリーがこぼしていたのを思い出す。
 国民にとって、王族の姿を見ることのできる滅多にない機会だ。今回は新王即位とあって、さらに盛大なものになるに違いない。

「ああ、やっぱり戴冠式(たいかんしき)をこの目で見てみたかったわ」
 残念そうに言ったあと、リーゼロッテは遠くに思いを()せるように深いため息をついた。

「今度お会いした時にクリスタ奥様に儀の様子をお伺いしてみましょう。……そろそろ時間ですので、厨房に菓子を取りに行ってまいりますね」

 時計を確認してエラは部屋から出ていった。エラが来て以来、食事の給仕などはすべてエラに任せきりだ。おかげでヘッダとは顔を合わせずに済んでいる。

(でも今日、東宮に残っているのは、エラとわたしとヘッダ様だけなのよね……)
 王女は王位継承の儀のために、王城へと向かった。アルベルトは護衛のために一緒についていったようだ。
(クリスティーナ様はご病弱なのに、式典に出ても大丈夫なのかしら)
 時々は公務に参加していると聞くが、真冬の大聖堂はめちゃくちゃ寒い。式典に出るにはそれなりの格好が必要なので、厚着をするにも限度があった。

(去年のアンネマリーのお式では、ヴァルト様の外套(がいとう)(くる)んでもらったっけ)
 夢中になってアンネマリーの姿を目で追っていたら、いつの間にかジークヴァルトと二人羽織(ににんばおり)のような格好になっていた。

(どうりでまわりの視線が痛いと思ったのよね。あれは二人羽織というより完全にカ〇ナシだったわ)

 今さらのように赤面する。だがここずっとジークヴァルトには会えていなくて、しゅんと気持ちがしぼんでしまった。

 ひとりきりで過ごす真冬の夜は、何とも心もとなく感じられる。ガタガタと窓が鳴らされる風の強い日などは、どうしようもなく不安が掻き立てられた。だが今はエラがいてくれる。そのことがとても心強かった。

(ヘッダ様はおひとりでさみしくないかしら……)
 かといってお茶や食事に誘っても、彼女は絶対に応じないだろう。ヘッダは常に敵愾心(てきがいしん)を向けてくる。リーゼロッテが厄介者(やっかいもの)だとしても、それは必要以上な態度に思えてならなかった。
(二割の人間には特に理由もなく嫌われるって、日本で聞いたことがあるし……)
 なんとなくいけ好かないという感覚は分からないでもない。リーゼロッテ自身、ヘッダに対して苦手意識を持ってしまっている。

「お互い距離を取るのがいちばんね」
「何がいちばんでしょうか?」

 戻ってきたエラが不思議顔で聞いてきた。東宮に来てから、独り言が癖になってしまったリーゼロッテだ。

「いいえ、なんでもないの。それにしても、アンネマリーは王妃様になるのね。ますます遠い存在に思えて、なんだかさびしく感じてしまうわ……」
「お立場上、これからは気軽にお会いできなくなるでしょうね。ですがお嬢様とアンネマリー様は従姉妹(いとこ)同士。非公式な場ではこれまで通り親しくしてくださいますよ」
「そうね。アンネマリーはアンネマリーだものね」
「さあ、お嬢様。本日はお嬢様のお好きなチョコトルテですよ」

 エラの言葉に瞳を輝かせた。目の前に置かれたのは、アプリコットジャムとバタークリームを塗った生地が、何層も重ねられたケーキだった。周りがチョコでコーティングされており、断面も美しく心が躍る。サクサクのパイ生地とクリームのしっとり感、ジャムの甘酸っぱさがビターチョコと絶妙に合う絶品スイーツだ。

 美味しいケーキを頂きながら、リーゼロッテはさみしさを(まぎ)らわすように、いつまでもエラとおしゃべりし続けた。

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