ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第18話 身代わりの託宣】

 熱に浮かされた唇にそっと口づける。
 苦しげにもれる吐息と共に、小さな体の中で荒れ狂う力の(うず)が伝わってきた。秩序なく対流し続けるそれを導くように、ジークヴァルトは自身の力を流していった。

 ここ数日、王城の一室でリーゼロッテは寝込んだままだ。時折目覚めては、すぐにまた眠りについてしまう。
 大きな(かたまり)が彼女の奥深くに眠っていると、今までもずっと感じていた。その力がいきなり目覚めてしまった。これは幼児の知恵熱のようなものだ。力ある者なら誰でも起こり得ることで、ジークヴァルトも幼いころに経験済みだ。
 命に係わることはないが、持つ力が大きいほどその作用は体に負担をかける。力が馴染(なじ)んで落ち着くまで、ただ見守ることしかできなかった。

「リーゼロッテ……」

 再び口づけると緑の瞳がうっすら開いた。さまよっていた焦点が自分と合って、安心したようにリーゼロッテはふわりと笑った。そして再び瞳を閉じる。
 意識の沈んだ寝顔を見つめ、ジークヴァルトはその頬に指を滑らせた。

「どうしてお前はこんなにも危険な目に合う……」
 それも自分の手の届かない場所ばかりで。

 リーゼロッテは託宣の相手だ。誰よりも近い存在のはずの彼女は、いつでもこの腕をすり抜ける。閉じ込めて、二度と誰にも触れさせたくない。気づくと真剣にそんなことを考えている自分がいた。

(早く次の託宣が降りてくれれば――)

 リーゼロッテの回復を待って、事情聴取が行われることになっている。しばらくは公爵家に連れて帰ることも叶わない。

 うなされるようにリーゼロッテが身じろいだ。
 そのつらさを引き受けるように、ジークヴァルトは今一度、熱い唇に口づけを落とした。

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