ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第19話 救国の聖女】
「え? 帰るのを一日待ってほしい?」
「はい、なんでも神殿からそう申し入れがあったそうで……」
「神殿から……?」
エラの言葉に首をかしげる。事情聴取は終わったので、もう帰っていい。騎士団からそう言われ、明日にフーゲンベルク家に戻ることになった。朝一で出発できるようにと、帰り支度を始めた矢先のことだ。
「いい、従う義務はない」
エラとのおしゃべりを黙って聞いていたジークヴァルトが不機嫌そうに言った。手を引かれ膝に乗せられる。そのままあーんが始まった。離れ離れの日々が続いてノルマはたまりにたまった状態だ。ひな鳥のごとくリーゼロッテはおとなしく口を開いた。
だが数口食べると、もうお腹がいっぱいになってくる。王女のことがあってから、食べる気力も湧かなかった。そんな様子を見て、ジークヴァルトも伸ばしかけた手を途中で止めた。
「本当に帰っても大丈夫なのですか?」
「ああ、予定通り明日には戻る。このまま準備をしておけ」
エラが頷き、帰り支度を再開すべく部屋を出ていった。ふたりきりになって沈黙が訪れる。
膝抱っこも久しぶりすぎて、妙に緊張してしまう。以前は平気だったはずなのに、うれしいのに落ちつけない。こんなときどんな会話をしていただろうか。顔を見上げるも、ジークヴァルトは黙ったままだ。
(何か話題を探さなきゃ……)
そんな思案をしていると、大きな手が確かめるようにおでこにあてられた。
「まだつらいのか?」
「え、いえ、もう熱は下がりましたから」
リーゼロッテはその手を頬へと導いた。寝込んでいた間の記憶は飛び飛びだが、ずっとそばにいてくれたように思う。預けるように頬ずりすると、肩を強く抱き寄せられた。
「ご心配をおかけしました。でももう大丈夫ですわ」
「そうか」
体内で力が満ち溢れているのが分かる。ふわふわと掴みどころのなかった緑は、無駄に漏れ出ることなく、今はきちんとこの身に収まりきっていた。
「どうした?」
「力の流れが穏やかで、今までにない感じがなんだか不思議で……」
それは奥底にあった固い蕾が、大きく花開いたような感覚だ。大輪の花が輝きを放ち、この胸の中で咲き誇っている。
「それがお前の本来の力だ」
「本来の……」
「膜がお前を守っていると言っただろう? あれが今は随分と解けている」
マントのような何かが、体を覆っているのが確かに感じ取れた。自分のものではないあたたかな力だ。
「これがマルグリット母様の力……?」
「ああ、そうだ」
声すら覚えていない母の面影は、淡い記憶の中、いつでも儚げにほほ笑んでいる。まだ自分を守ってくれている。そう思うと心強かった。
「お前の力はずっとその膜の中に閉じ込められていた。守護者と調和がとれなかったのもそのせいだ」
「では今はちゃんと調和できているということですか?」
「ああ、これからは以前のように、力が不安定になることもないだろう」
リーゼロッテの守護者は聖女だと聞いている。
(いつだかハルト様に、黒髪で顔の薄いおもしろ系の聖女様って教えてもらったっけ……)
いまだによく分からない言い回しだが、おもしろ系なら陽気な聖女なのかもしれない。そんなことを考えてリーゼロッテは口元を小さく綻ばせた。
「やっと笑ったな」
「え?」
見上げると青い瞳がやさしく細められた。ふさぎ込むをリーゼロッテを、ずっと心配していたのだろう。今は素直に甘えたくて、背に回した手にぎゅっと力を入れた。
「お、お嬢様っ!」
珍しく騒々しく飛び込んできたエラに顔を上げる。青ざめた顔でわたわたしながら、エラは声にならないまま扉に向かって礼を取った。
「はい、なんでも神殿からそう申し入れがあったそうで……」
「神殿から……?」
エラの言葉に首をかしげる。事情聴取は終わったので、もう帰っていい。騎士団からそう言われ、明日にフーゲンベルク家に戻ることになった。朝一で出発できるようにと、帰り支度を始めた矢先のことだ。
「いい、従う義務はない」
エラとのおしゃべりを黙って聞いていたジークヴァルトが不機嫌そうに言った。手を引かれ膝に乗せられる。そのままあーんが始まった。離れ離れの日々が続いてノルマはたまりにたまった状態だ。ひな鳥のごとくリーゼロッテはおとなしく口を開いた。
だが数口食べると、もうお腹がいっぱいになってくる。王女のことがあってから、食べる気力も湧かなかった。そんな様子を見て、ジークヴァルトも伸ばしかけた手を途中で止めた。
「本当に帰っても大丈夫なのですか?」
「ああ、予定通り明日には戻る。このまま準備をしておけ」
エラが頷き、帰り支度を再開すべく部屋を出ていった。ふたりきりになって沈黙が訪れる。
膝抱っこも久しぶりすぎて、妙に緊張してしまう。以前は平気だったはずなのに、うれしいのに落ちつけない。こんなときどんな会話をしていただろうか。顔を見上げるも、ジークヴァルトは黙ったままだ。
(何か話題を探さなきゃ……)
そんな思案をしていると、大きな手が確かめるようにおでこにあてられた。
「まだつらいのか?」
「え、いえ、もう熱は下がりましたから」
リーゼロッテはその手を頬へと導いた。寝込んでいた間の記憶は飛び飛びだが、ずっとそばにいてくれたように思う。預けるように頬ずりすると、肩を強く抱き寄せられた。
「ご心配をおかけしました。でももう大丈夫ですわ」
「そうか」
体内で力が満ち溢れているのが分かる。ふわふわと掴みどころのなかった緑は、無駄に漏れ出ることなく、今はきちんとこの身に収まりきっていた。
「どうした?」
「力の流れが穏やかで、今までにない感じがなんだか不思議で……」
それは奥底にあった固い蕾が、大きく花開いたような感覚だ。大輪の花が輝きを放ち、この胸の中で咲き誇っている。
「それがお前の本来の力だ」
「本来の……」
「膜がお前を守っていると言っただろう? あれが今は随分と解けている」
マントのような何かが、体を覆っているのが確かに感じ取れた。自分のものではないあたたかな力だ。
「これがマルグリット母様の力……?」
「ああ、そうだ」
声すら覚えていない母の面影は、淡い記憶の中、いつでも儚げにほほ笑んでいる。まだ自分を守ってくれている。そう思うと心強かった。
「お前の力はずっとその膜の中に閉じ込められていた。守護者と調和がとれなかったのもそのせいだ」
「では今はちゃんと調和できているということですか?」
「ああ、これからは以前のように、力が不安定になることもないだろう」
リーゼロッテの守護者は聖女だと聞いている。
(いつだかハルト様に、黒髪で顔の薄いおもしろ系の聖女様って教えてもらったっけ……)
いまだによく分からない言い回しだが、おもしろ系なら陽気な聖女なのかもしれない。そんなことを考えてリーゼロッテは口元を小さく綻ばせた。
「やっと笑ったな」
「え?」
見上げると青い瞳がやさしく細められた。ふさぎ込むをリーゼロッテを、ずっと心配していたのだろう。今は素直に甘えたくて、背に回した手にぎゅっと力を入れた。
「お、お嬢様っ!」
珍しく騒々しく飛び込んできたエラに顔を上げる。青ざめた顔でわたわたしながら、エラは声にならないまま扉に向かって礼を取った。