ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第23話 よろこびの調べ】
日が昇る直前、暁の時刻にリーゼロッテは浅い眠りからふと目覚めた。神経が高ぶって、寝台で眠ることなどできなかった。窓辺で毛布に包まりながら、アルフレート二世を胸にようやく寝入った矢先のことだ。
鍵が回される音に戦慄が走る。再びあの男がやってきたのか。
「リーゼロッテ様ぁ、わたしですぅ」
ベッティのささやき声に力が抜ける。アルフレート二世を放り出して、一目散に抱きついた。緊張の糸がぷつりと切れて、あふれ出た涙が止められなくなる。何も言わずに背をさすりながら、ベッティはやさしく抱きしめてくれた。
「体はどこかおつらいところはございませんかぁ?」
しばらくすると、ベッティが気づかわしげに聞いてきた。自分が襲われたと思っているのかもしれない。守り石を手に、リーゼロッテは首を振った。
「危ないところだったけれど、わたくしちゃんと逃げ切れたの。ヴァルト様の石が守ってくれたから」
「ではやはり黒幕はここにやってきたのですねぇ?」
頷くとベッティは再びリーゼロッテを抱きしめた。
「よく頑張られましたねぇ。さぞや怖かったことと思いますぅ」
「ありがとう……ベッティ」
「今回はベッティの不手際でしたぁ。そばでお守りできなかったこと、お詫び申し上げますぅ」
「いいえ、あれをわたくしが口にしてたら、きっともっとひどい事になっていたわ。こうして無事でいられるのもベッティがいてくれたおかげよ」
「そう言っていただけるとベッティも気が軽くなりますよぅ」
ほっとしたようにベッティは少しだけ笑った。そこに疲労の色を見て、リーゼロッテは慌ててベッティを椅子に座らせる。
「ベッティこそ大丈夫なの? つらいのにわたくしの様子を見に来てくれたのよね? ごめんなさい、無理させているのに気が回らなくって」
「……リーゼロッテ様はぁ、本当におやさしいですねぇ」
そう言いながらベッティは、逆にリーゼロッテを座らせた。この部屋には椅子はひとつしかないので、必然的にベッティが立つことになる。
「わたしなら大丈夫ですぅ、媚薬は体から抜けましたからぁ。お気遣いいたみいりますよぅ」
「そう、ならよかったわ」
「リーゼロッテ様は黒幕の正体を見たのですよねぇ?」
ふと真顔になったベッティに、リーゼロッテは頷いた。あの神官を思い浮かべるだけで、全身に鳥肌が立ちそうだ。
「そいつの名前を言うことはできますかぁ?」
そう問われて、リーゼロッテは口を開きかけた。だがすぐ困った顔になる。
「やっぱり龍に目隠しされるんですねぇ。いいですよぅ、分かってますからぁ」
「え? いえ、わたくしあの人の名前を忘れてしまって……」
その返事にベッティはぽかんとなった。
「でも見知った人ではあるのよ? ああ、ちょっと待って、もう少しで思い出せそうなの……! 確か、そう……『まみむめも』とか『らりるれろ』とか、そんな文字列の名前だったはずだわ」
「まみ……らりるぅ?」
「ああ駄目だわ、思い出せない! ちょっとこじゃれた感じの名前だったのに……!」
両手で頬を抑えながら、リーゼロッテは悔しそうに涙目になった。
「ぷ……ふふふぅ」
「ベッティ?」
いきなり笑われて、不思議顔になる。ベッティはリーゼロッテの両手を取った。
「次こそはこのベッティが必ずやお守りいたしますぅ。だからリーゼロッテ様はぁ、ずっとそのままでいてくださいませねぇ」
そう言った後もベッティは、しばらくの間、堪えきれないように忍び笑いし続けた。
鍵が回される音に戦慄が走る。再びあの男がやってきたのか。
「リーゼロッテ様ぁ、わたしですぅ」
ベッティのささやき声に力が抜ける。アルフレート二世を放り出して、一目散に抱きついた。緊張の糸がぷつりと切れて、あふれ出た涙が止められなくなる。何も言わずに背をさすりながら、ベッティはやさしく抱きしめてくれた。
「体はどこかおつらいところはございませんかぁ?」
しばらくすると、ベッティが気づかわしげに聞いてきた。自分が襲われたと思っているのかもしれない。守り石を手に、リーゼロッテは首を振った。
「危ないところだったけれど、わたくしちゃんと逃げ切れたの。ヴァルト様の石が守ってくれたから」
「ではやはり黒幕はここにやってきたのですねぇ?」
頷くとベッティは再びリーゼロッテを抱きしめた。
「よく頑張られましたねぇ。さぞや怖かったことと思いますぅ」
「ありがとう……ベッティ」
「今回はベッティの不手際でしたぁ。そばでお守りできなかったこと、お詫び申し上げますぅ」
「いいえ、あれをわたくしが口にしてたら、きっともっとひどい事になっていたわ。こうして無事でいられるのもベッティがいてくれたおかげよ」
「そう言っていただけるとベッティも気が軽くなりますよぅ」
ほっとしたようにベッティは少しだけ笑った。そこに疲労の色を見て、リーゼロッテは慌ててベッティを椅子に座らせる。
「ベッティこそ大丈夫なの? つらいのにわたくしの様子を見に来てくれたのよね? ごめんなさい、無理させているのに気が回らなくって」
「……リーゼロッテ様はぁ、本当におやさしいですねぇ」
そう言いながらベッティは、逆にリーゼロッテを座らせた。この部屋には椅子はひとつしかないので、必然的にベッティが立つことになる。
「わたしなら大丈夫ですぅ、媚薬は体から抜けましたからぁ。お気遣いいたみいりますよぅ」
「そう、ならよかったわ」
「リーゼロッテ様は黒幕の正体を見たのですよねぇ?」
ふと真顔になったベッティに、リーゼロッテは頷いた。あの神官を思い浮かべるだけで、全身に鳥肌が立ちそうだ。
「そいつの名前を言うことはできますかぁ?」
そう問われて、リーゼロッテは口を開きかけた。だがすぐ困った顔になる。
「やっぱり龍に目隠しされるんですねぇ。いいですよぅ、分かってますからぁ」
「え? いえ、わたくしあの人の名前を忘れてしまって……」
その返事にベッティはぽかんとなった。
「でも見知った人ではあるのよ? ああ、ちょっと待って、もう少しで思い出せそうなの……! 確か、そう……『まみむめも』とか『らりるれろ』とか、そんな文字列の名前だったはずだわ」
「まみ……らりるぅ?」
「ああ駄目だわ、思い出せない! ちょっとこじゃれた感じの名前だったのに……!」
両手で頬を抑えながら、リーゼロッテは悔しそうに涙目になった。
「ぷ……ふふふぅ」
「ベッティ?」
いきなり笑われて、不思議顔になる。ベッティはリーゼロッテの両手を取った。
「次こそはこのベッティが必ずやお守りいたしますぅ。だからリーゼロッテ様はぁ、ずっとそのままでいてくださいませねぇ」
そう言った後もベッティは、しばらくの間、堪えきれないように忍び笑いし続けた。