ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第24話 奪還ののろし】
「今日もありがとう」
窓辺にやってきた小鳥たちにお礼を言う。並べられているのは小さな木の実やドングリに似たナッツなどだ。時にきのこが添えられていて、そのたびにあの鼓笛隊を思い出すリーゼロッテだった。
雪の間から白いテンが顔をのぞかせていた。近づくとすぐに逃げてしまうが、あの子もよく赤い実を持ってきてくれる。極寒の冬は動物たちも食べる物に苦労しているだろうに、途切れることなく物資は届けられていた。
「リーゼロッテ様ぁおはようございますぅ」
「おはよう、ベッティ」
いつものように夜が明ける直前にベッティがやってきた。この時間がいちばん動きやすいらしい。それでも危険はつきまとう。こんなふうにここへ来ていると知れたら、ベッティはただでは済まないだろう。
「ねぇベッティ。いざという時はひとりでも逃げてちょうだいね」
「見つかるようなヘマはいたしませんよぅ。そんな心配よりもぉ、リーゼロッテ様はしっかり体力つけてくださいませねぇ」
言いながら手早くスープを作る。ベッティの説明では、騎士団が神殿を探っているとのことだった。場合によっては騒ぎの隙をついて、ここから逃げ出せるかもしれない。
「やっぱり今すぐ逃げるわけにはいかないのよね?」
「ここは本神殿からかなり離れていますからぁ。森を抜ける途中で捕まるかぁ、隠れている間に凍死するのがオチですねぇ」
「そう……」
扉の鍵が開けられるならと淡い期待を持ってみたが、現実はそう甘くないようだ。
(でも諦めないわ! こうやってみんなの命を分けてもらっているんだもの)
運ばれる大地の恵みは、どれも力を与えてくれる。体の底から湧き上がるエネルギーを、リーゼロッテは食べるたびに感じ取っていた。
「今日も卵はないんですねぇ」
マンボウは来たり来なかったりで、あれ以来、卵を産むこともなかった。ベッティが来る頃にはいなくなってしまうので、マンボウの存在にベッティは半信半疑だ。
「ベッティ、ひとつ聞きたいのだけれど、この国の鶏って雄でも卵を産むのかしら……?」
「なぁにおっしゃってるんですかぁ。卵を産むのは雌鶏だけですよぅ」
「やっぱりそうよね。マンボウは立派な鶏冠がついているから、ずっと雄鶏だと思ってたのだけど……」
「雌鶏に大きな鶏冠はないのではぁ? 本当にソレ、ニワトリですかぁ?」
「だってクリスティーナ様も鶏とおっしゃってたもの……」
体はひとまわり大きいが、マンボウはどこからどう見ても鶏にしか見えない。
「クリスティーナ様がぁ? またどうしてそんなことをぉ?」
不思議そうなベッティに、マンボウは東宮にいたことを説明した。祖父であるフリードリヒに贈られて、王女が可愛がっていたことも。
「そういえば聞いたことがありますねぇ。直系の王族はみな、伝説の聖獣を受け継ぐんだそうですよぅ」
「伝説の聖獣?」
「クリスティーナ様は不死鳥を、第二王女のテレーズ様は聖なる犬を、ハインリヒ王は神の猫を賜ったって話ですぅ」
「ふ、不死鳥!? わたくし、マンボウの卵、食べてしまったわ……」
「よろしいんじゃないですかぁ? 聖獣って言われているだけでどれもただの動物みたいですしぃ、言わなければバレませんよぅ」
そういう問題なのだろうか。卵と言えど聖獣を食らった令嬢などと、後ろ指は刺されたくはない。
「ちなみにテレーズ様の犬はぁ、今カイ坊ちゃまがお世話されてますぅ。隣国に輿入れする際にぃ、連れてはいけなかったらしくってぇ」
その頬がへにょっと綻んだ。ベッティはカイの妹だ。腹違いの兄のことが本当に好きなのだろう。
「ベッティはどうしてカイ様のことを坊ちゃまって呼ぶの?」
きょうだいというより、ふたりは主従の間柄に見える。ベッティは本来なら侯爵令嬢だ。もっとふつうに兄妹しててもいいのにと思ってしまう。
「前にも言いましたがぁ、わたしはしょせん平民出なんですよぅ。貴族として生きるよりもこうして坊ちゃまのお役に立つ方がぁ、ベッティはずうっとしあわせなんですぅ。さぁさ、できましたぁ。見つからないうちに召し上がってくださいませねぇ」
ベッティは満たされた顔で笑った。その笑顔が眩しくて、リーゼロッテはそっと目を細めた。
窓辺にやってきた小鳥たちにお礼を言う。並べられているのは小さな木の実やドングリに似たナッツなどだ。時にきのこが添えられていて、そのたびにあの鼓笛隊を思い出すリーゼロッテだった。
雪の間から白いテンが顔をのぞかせていた。近づくとすぐに逃げてしまうが、あの子もよく赤い実を持ってきてくれる。極寒の冬は動物たちも食べる物に苦労しているだろうに、途切れることなく物資は届けられていた。
「リーゼロッテ様ぁおはようございますぅ」
「おはよう、ベッティ」
いつものように夜が明ける直前にベッティがやってきた。この時間がいちばん動きやすいらしい。それでも危険はつきまとう。こんなふうにここへ来ていると知れたら、ベッティはただでは済まないだろう。
「ねぇベッティ。いざという時はひとりでも逃げてちょうだいね」
「見つかるようなヘマはいたしませんよぅ。そんな心配よりもぉ、リーゼロッテ様はしっかり体力つけてくださいませねぇ」
言いながら手早くスープを作る。ベッティの説明では、騎士団が神殿を探っているとのことだった。場合によっては騒ぎの隙をついて、ここから逃げ出せるかもしれない。
「やっぱり今すぐ逃げるわけにはいかないのよね?」
「ここは本神殿からかなり離れていますからぁ。森を抜ける途中で捕まるかぁ、隠れている間に凍死するのがオチですねぇ」
「そう……」
扉の鍵が開けられるならと淡い期待を持ってみたが、現実はそう甘くないようだ。
(でも諦めないわ! こうやってみんなの命を分けてもらっているんだもの)
運ばれる大地の恵みは、どれも力を与えてくれる。体の底から湧き上がるエネルギーを、リーゼロッテは食べるたびに感じ取っていた。
「今日も卵はないんですねぇ」
マンボウは来たり来なかったりで、あれ以来、卵を産むこともなかった。ベッティが来る頃にはいなくなってしまうので、マンボウの存在にベッティは半信半疑だ。
「ベッティ、ひとつ聞きたいのだけれど、この国の鶏って雄でも卵を産むのかしら……?」
「なぁにおっしゃってるんですかぁ。卵を産むのは雌鶏だけですよぅ」
「やっぱりそうよね。マンボウは立派な鶏冠がついているから、ずっと雄鶏だと思ってたのだけど……」
「雌鶏に大きな鶏冠はないのではぁ? 本当にソレ、ニワトリですかぁ?」
「だってクリスティーナ様も鶏とおっしゃってたもの……」
体はひとまわり大きいが、マンボウはどこからどう見ても鶏にしか見えない。
「クリスティーナ様がぁ? またどうしてそんなことをぉ?」
不思議そうなベッティに、マンボウは東宮にいたことを説明した。祖父であるフリードリヒに贈られて、王女が可愛がっていたことも。
「そういえば聞いたことがありますねぇ。直系の王族はみな、伝説の聖獣を受け継ぐんだそうですよぅ」
「伝説の聖獣?」
「クリスティーナ様は不死鳥を、第二王女のテレーズ様は聖なる犬を、ハインリヒ王は神の猫を賜ったって話ですぅ」
「ふ、不死鳥!? わたくし、マンボウの卵、食べてしまったわ……」
「よろしいんじゃないですかぁ? 聖獣って言われているだけでどれもただの動物みたいですしぃ、言わなければバレませんよぅ」
そういう問題なのだろうか。卵と言えど聖獣を食らった令嬢などと、後ろ指は刺されたくはない。
「ちなみにテレーズ様の犬はぁ、今カイ坊ちゃまがお世話されてますぅ。隣国に輿入れする際にぃ、連れてはいけなかったらしくってぇ」
その頬がへにょっと綻んだ。ベッティはカイの妹だ。腹違いの兄のことが本当に好きなのだろう。
「ベッティはどうしてカイ様のことを坊ちゃまって呼ぶの?」
きょうだいというより、ふたりは主従の間柄に見える。ベッティは本来なら侯爵令嬢だ。もっとふつうに兄妹しててもいいのにと思ってしまう。
「前にも言いましたがぁ、わたしはしょせん平民出なんですよぅ。貴族として生きるよりもこうして坊ちゃまのお役に立つ方がぁ、ベッティはずうっとしあわせなんですぅ。さぁさ、できましたぁ。見つからないうちに召し上がってくださいませねぇ」
ベッティは満たされた顔で笑った。その笑顔が眩しくて、リーゼロッテはそっと目を細めた。