ふたつ名の令嬢と龍の託宣
◇
日が傾きかけた夕刻に王城より密書が届けられ、フーゲンベルク家では緊急会議が行われていた。ジークヴァルトをはじめ、参謀のマテアスにアデライーデ、エーミールの叔父ユリウス、家令のエッカルト、それに飛び入りでツェツィーリアがひとつのテーブルを囲んでいる。
「エーミール様の報告ですと、二日後の早朝、日の出と共に騎士団が神殿へと踏み込む予定との事です」
神殿の地図を広げ、マテアスを中心に作戦が練られていく。とは言っても侵入を果たした後、中がどうなっているかは行ってみなければ分からない。良く言えば臨機応変に、悪く言えば行き当たりばったりで乗り切るしかなかった。
「神殿の裏手は塀で囲まれています。侵入するとしたらここ、川がある場所が最適かと。この小川は本神殿から森を抜け、塀の外へと繋がっています。行きも帰りもこの小川を目印に動いてください」
「森の中を行くのは厄介ね」
「地図上では随所に小道があるはずですが、雪にうずもれている可能性が高いです。正面から乗り込めない以上、そこはなんとか突破するしかないですね」
「騎士団が乗り込む混乱に乗じるなら、暗いうちに侵入しておかないとまずいんじゃないのか?」
「新月が近いですから、月明かりも期待はできませんね。ランタンか守り石で対処するしかないでしょう」
マテアスの説明にアデライーデとユリウスが意見する中、ジークヴァルトは黙ってその話を聞いていた。決行の日に備えて無理にでも睡眠を取ったせいか、幾分かは顔色がよくなっている。
「ユリウス様には旦那様の影武者を務めていただきます。建前上、旦那様は公爵領を出られない身となっておりますので」
「おうよ。とりあえず執務室でふんぞり返っていればいいんだろう?」
「リーゼロッテお姉様を拐かすなんて、絶対に許せない! もし誰かに聞かれても、ヴァルトお兄様はこの屋敷にずっといたって、わたくしがちゃんと証言するわ!」
「その間屋敷のことはわたしにお任せください。ここしばらくマテアスに仕切らせていますが、現役家令としてすべての執務を、このエッカルトが滞りなく回してみせましょう」
「わたしは病気で臥せってる事にしとけばいいわね。そこら辺はエラとロミルダに頼んであるから」
各自の役処を確認していく。秘密裏に作戦が遂行できればそれに越したことはないが、単独行動がばれた時、公爵家は取り潰しの運命だ。
「では神殿へと侵入するのは、旦那様とアデライーデ様、それにわたしの三人ということで。旦那様、それでよろしいですね?」
「ああ」
「では旦那様とアデライーデ様は、今のうちに十分休息を取っておいてください。最終準備はわたしが行っておきます」
リーゼロッテを取り戻すため、誰もが決意を固めるように頷きあう。その時使用人のひとりが、転がるように執務室に飛び込んできた。
「何事ですか?」
「狼煙が……グレーデン様の合図の狼煙が、王城方向の空に上がっています……!」
「エーミール様の狼煙が? 確認してきます。みな様はこちらでお待ちを」
隠し扉から屋上へと駆け昇り、マテアスは遥か上空を見渡した。暮れかけて見えづらいが、確かに王城の一角から白煙が立ち昇っている。
あれはエーミールに託した発煙筒だ。王城で使用した際、罰せられる可能性もある。どうしても連絡が間に合わない時のみに、緊急で使うようにと渡してあった。
(突入が早まったのか……!?)
血の気の多いバルバナスなら、無鉄砲なこともやりかねない。階段を駆け下り、すぐさま執務室へと逆戻りした。
「騎士団の調査はすでに始まったようです。一刻の猶予もありません。今すぐ神殿へと向かいましょう」
「やってやろうじゃない!」
意気揚々と拳をぼきりと鳴らしたアデライーデに、使用人が慌てて付け加えてきた。
「あと、アデライーデお嬢様に騎士として登城命令が来ております……!」
「なんですって! どうしてこのタイミングで」
出鼻をくじかれたアデライーデが、憤りの声を使用人に向ける。
「す、すみません! たった今王城から早馬が到着しまして」
「不審がられないためにも、アデライーデ様はひとまず王城へとお向かいください。神殿にはわたしと旦那様、ふたりで行って参ります」
この機会を逃すわけにはいかない。
リーゼロッテ奪還作戦は、あまりにも急な始まりを迎えたのだった。
日が傾きかけた夕刻に王城より密書が届けられ、フーゲンベルク家では緊急会議が行われていた。ジークヴァルトをはじめ、参謀のマテアスにアデライーデ、エーミールの叔父ユリウス、家令のエッカルト、それに飛び入りでツェツィーリアがひとつのテーブルを囲んでいる。
「エーミール様の報告ですと、二日後の早朝、日の出と共に騎士団が神殿へと踏み込む予定との事です」
神殿の地図を広げ、マテアスを中心に作戦が練られていく。とは言っても侵入を果たした後、中がどうなっているかは行ってみなければ分からない。良く言えば臨機応変に、悪く言えば行き当たりばったりで乗り切るしかなかった。
「神殿の裏手は塀で囲まれています。侵入するとしたらここ、川がある場所が最適かと。この小川は本神殿から森を抜け、塀の外へと繋がっています。行きも帰りもこの小川を目印に動いてください」
「森の中を行くのは厄介ね」
「地図上では随所に小道があるはずですが、雪にうずもれている可能性が高いです。正面から乗り込めない以上、そこはなんとか突破するしかないですね」
「騎士団が乗り込む混乱に乗じるなら、暗いうちに侵入しておかないとまずいんじゃないのか?」
「新月が近いですから、月明かりも期待はできませんね。ランタンか守り石で対処するしかないでしょう」
マテアスの説明にアデライーデとユリウスが意見する中、ジークヴァルトは黙ってその話を聞いていた。決行の日に備えて無理にでも睡眠を取ったせいか、幾分かは顔色がよくなっている。
「ユリウス様には旦那様の影武者を務めていただきます。建前上、旦那様は公爵領を出られない身となっておりますので」
「おうよ。とりあえず執務室でふんぞり返っていればいいんだろう?」
「リーゼロッテお姉様を拐かすなんて、絶対に許せない! もし誰かに聞かれても、ヴァルトお兄様はこの屋敷にずっといたって、わたくしがちゃんと証言するわ!」
「その間屋敷のことはわたしにお任せください。ここしばらくマテアスに仕切らせていますが、現役家令としてすべての執務を、このエッカルトが滞りなく回してみせましょう」
「わたしは病気で臥せってる事にしとけばいいわね。そこら辺はエラとロミルダに頼んであるから」
各自の役処を確認していく。秘密裏に作戦が遂行できればそれに越したことはないが、単独行動がばれた時、公爵家は取り潰しの運命だ。
「では神殿へと侵入するのは、旦那様とアデライーデ様、それにわたしの三人ということで。旦那様、それでよろしいですね?」
「ああ」
「では旦那様とアデライーデ様は、今のうちに十分休息を取っておいてください。最終準備はわたしが行っておきます」
リーゼロッテを取り戻すため、誰もが決意を固めるように頷きあう。その時使用人のひとりが、転がるように執務室に飛び込んできた。
「何事ですか?」
「狼煙が……グレーデン様の合図の狼煙が、王城方向の空に上がっています……!」
「エーミール様の狼煙が? 確認してきます。みな様はこちらでお待ちを」
隠し扉から屋上へと駆け昇り、マテアスは遥か上空を見渡した。暮れかけて見えづらいが、確かに王城の一角から白煙が立ち昇っている。
あれはエーミールに託した発煙筒だ。王城で使用した際、罰せられる可能性もある。どうしても連絡が間に合わない時のみに、緊急で使うようにと渡してあった。
(突入が早まったのか……!?)
血の気の多いバルバナスなら、無鉄砲なこともやりかねない。階段を駆け下り、すぐさま執務室へと逆戻りした。
「騎士団の調査はすでに始まったようです。一刻の猶予もありません。今すぐ神殿へと向かいましょう」
「やってやろうじゃない!」
意気揚々と拳をぼきりと鳴らしたアデライーデに、使用人が慌てて付け加えてきた。
「あと、アデライーデお嬢様に騎士として登城命令が来ております……!」
「なんですって! どうしてこのタイミングで」
出鼻をくじかれたアデライーデが、憤りの声を使用人に向ける。
「す、すみません! たった今王城から早馬が到着しまして」
「不審がられないためにも、アデライーデ様はひとまず王城へとお向かいください。神殿にはわたしと旦那様、ふたりで行って参ります」
この機会を逃すわけにはいかない。
リーゼロッテ奪還作戦は、あまりにも急な始まりを迎えたのだった。