ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第25話 腕の中へ】

 騎士団乱入の知らせを受けて、神官長と共にヨーゼフは神殿の入り口まで急いだ。日も沈み、神官たちは夕餉(ゆうげ)の支度をするような時刻のことだ。行く道すがら騎士の怒号が響く。内心その声に(おび)えながらも、ヨーゼフは神官長の後をついていった。

「ここに騎士団長様はおいでか」
「何者だ!」
「こちらは神官長なるぞ! そんなことも知らずにこの所業とは。神殿での無作法な振る舞い、そちらこそ今すぐ改めよ!」
「やめるんだ、ヨーゼフ」

 静かに首を振り、神官長は目の前の騎士に誠実な目を向けた。

「わたしはバルバナス様に真意を問いに参っただけです。争うつもりはありません。どうか取次ぎを」
「来たか、神官長」

 奥から悠然と現れたバルバナスに、ヨーゼフは身を震わせた。先日と雰囲気が全く違う。神官長の後ろに隠れ、鬼神のような姿を盗み見た。

此度(こたび)の訪問、どういった理由からかお聞かせ願いますか? この行いが神殿と王家の関係に影響を及ぼすことは、王族であるあなた様ならよくお判りの事でしょう」

 ヨーゼフとは対照的に、神官長は臆することなくバルバナスに相対した。問いただす瞳には純粋な疑問が浮かんでいる。

「神殿内で媚薬密造の疑惑がある。そのための緊急捜査だ」
「媚薬の密造……? この神殿でですか?」
「ああ、そうだ。媚薬による事件がここ数か月多発している。国で取り締まるべき重要事案だ」
「それは理解しますが、しかし神殿で媚薬など……」
「何もなければすぐに引く。ない腹を探られても痛くはないだろう? その代わり不審な動きを取る者がいたら容赦はしない。このまま神殿敷地内の捜査は続行させてもらう」

 バルバナスの目配せで、第二班の騎士たちが動き出す。それを目で追ってから神官長は、周囲にいた神官たちに落ち着つきはらった声をかけた。

「みな、それぞれの部屋に戻りなさい。疑いが晴れればそれで済むこと。騎士の方々に協力をして、決して怪我人など出さぬように」

 迷いない言葉に安堵して、神官たちはその場を離れていった。

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