ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第5話 船上の再会】

 目の前には精霊のごとく美しい令嬢が、楚々(そそ)としてソファに腰かけている。微動だにしないその姿は、まるで一枚の絵画のようだ。
 そんな令嬢が切なくため息をついた。世話を任された身としては、責任をもって対処しなければならない。勇気を振り絞り、声がけをする。

「どこかお加減がよろしくないのですか?」
「いえ、大丈夫よ」

 安心させるように令嬢はふわりと笑った。魅入られそうになって、動揺を悟られないようにとすぐ顔を伏せる。

 国を挙げての神事に関わる人選は、厳選に厳選を重ねて行われた。平民でありながら高い倍率の中、選ばれた自身を誇りに思う。だが一抹の不安はぬぐえなかった。

 リーゼロッテ・ダーミッシュ。妖精姫と噂される深窓の伯爵令嬢だ。同じ人間とは思えない(はかな)げな(たたず)まいに、今となってはそんな噂にも納得がいった。そのことに大いに安堵する。
 何しろ彼女は「悪魔の令嬢」というふたつ名も持っている。どんなに恐ろしい令嬢が現れるのかと、少しばかり臆していた自分がいた。おかしな異名は心無い(やから)のやっかみだったと、いずれ世間に広めたいと思った。

(だめだめ、ここで見聞きしたことは絶対に秘密厳守)

 王家に仕える者の第一条件として、口が堅いことが挙げられる。これが守れない者は、罰せれられるどころか最悪は暗殺コースだ。
 気を取り直し置物(オブジェ)に徹した。用を言い渡されるまでは、存在を主張することは許されない。

「ね、あなた。もっと楽にしていて構わないのよ? じっとしているのはつらいでしょう?」
「お心遣い感謝いたします。ですが規則となりますれば……」
「そう……わたくし見なかったことにできるから、本当につらくなったら遠慮なく教えてね?」

 一瞬、誰に話しかけてきたのか分からなかった。今まで仕えてきた貴族の屋敷で、虫以下の扱いを受けたこともある。道具扱いに慣れていたせいか、面食らって声が震えてしまった。

「ジークヴァルト様!」

 開け放たれた扉に、令嬢のエメラルドの瞳が輝いた。彼女の弾む声音とは正反対に、緊張で身が強張るのが自分でも分かった。
 現れたのはフーゲンベルクの青い(いかずち)と呼ばれる公爵だ。彼女の婚約者であり、人嫌いとして有名だった。

 とにかく威圧感がハンパない。同じ空間にいるだけで息ができなくなる勢いだ。震える体を叱咤(しった)して、無駄のない動きで紅茶を()れる。ふたり分のカップをサーブすると、再び置物となるため素早く壁際に移動した。

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