ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第7話 最果ての街】

「いかがでしたかな? 我が領自慢のビンゲンを使った料理は」
「とても個性的なお味で、どのお料理も美味しくいただけましたわ」

 食後のくつろぎのサロンでリーゼロッテは、バルテン子爵にお手本のような淑女の笑みを返した。隣で座っているジークヴァルトは、無言のまま微妙な顔をしている。

「ビンゲンは真冬でも収穫できて、栄養価の高い香草です。よろしければ最上ランクのビンゲンを、いつでも公爵家に融通(ゆうずう)できますが」
「まぁ、素敵なお話ですわね。ですがフーゲンベルク家のことは、わたくしの一存では決められませんので……」

 ジークヴァルトを伺うと、さらに微妙な顔つきになった。恐らくビンゲンはもう口にしたくないのだろう。もしかしたら香りすら嫌になっているのかもしれない。

「……必要があれば、またこちらから連絡しよう」
「今は大事な神事に向かう最中でございましたね。ビンゲンは一年中収穫できます。バルテン家としましてはいつでも構いませんので、またのご連絡をお待ちしております」

 無表情でジークヴァルトは頷いた。うまく切り抜けたことに安堵しているようだ。リーゼロッテだけには、それがひしひしと伝わってくる。

「ビンゲンは美容にも良いのに、なかなか他領に広まらなくて困っておりますの。わたくしなど長年毎日食べ続けておりますでしょう? 見てくださいませ、この肌のはり(つや)を」
「まぁ本当ですわ」

 リーゼロッテが社交辞令の笑みを返すと、バルテン夫人は深いため息をついた。

「可愛い娘と息子が新たにできた今、もっとバルテン領を豊かにしたいのですけれど……」
「ビンゲンの良ささえ伝わればと、常々そう思っているのですよ」

 つられるようにバルテン子爵もため息をつく。

「アルベルトにもいい知恵はないかといつも言っているのですがね」
「すみません、義父上。わたしは騎士上がりで領地経営には(うと)いもので……」

 どこか遠い目でアルベルトは答えた。好きになれないものを売り込むのは、彼でなくとも難しそうだ。

「そんなもの、食糧難の際に高く売りつければいいじゃない」
「クリスティーナ……国中が大変なときに暴利をむさぼるなど、バルテン家の評判を落とすだけですよ。それにそれでは食糧難が来ない限り、バルテン家に益は出ませんし」
「だったらもっと良い案を考えなさいな。あなたが子爵家を継ぐのでしょう?」
「あの、わたくし思うのですが……」

 遠慮がちに言ったリーゼロッテに、みなの注目が集まった。

「正直に申し上げまして、ビンゲンは好き嫌いの分かれるお味ですわ。ですがくせになってまた食べたくなると思う方もいらっしゃると思います。ビンゲンは香草ですし、メインの食材を引き立たせるのが本来の役目。主役を譲ってこそ、その存在を知らしめることができるのではないでしょうか?」
「ですがそれではビンゲンの消費は増えないのでは……」
「やりようによってはそうでもありませんわ。まずは平民に向けて美味しい料理のレシピと共に、ビンゲンを広めるというのはいかがでしょう?」
「レシピと共に?」
「ええ、ビンゲンはあくまで引き立て役で、お料理を数倍美味しくするレシピをいくつも用意するのですわ。使ううちにお味にも馴染んできますし、美容にいいことも体感できるでしょう。うまくいけば国中の食卓で、ビンゲンは欠かせない食材となるかもしれません」

 ハマった人間はビンゲンオンリーのサラダをリピートしそうだ。人を選ぶがクセになる。リーゼロッテはそんな気がしてならなかった。

「なるほど……いきなりビンゲン単体を押し付けるより、あくまで薬味として売り込むと言うことですね」
「バルテン家には東宮にいた料理人がいるようですし、いいレシピを考案してくれるはずですわ」
「ああ、確かに東宮の食事はいつでもどれも美味しかった……」

 アルベルトが遠い目をして言う。よほどビンゲンづくしの食生活がこたえているようだ。

「まずはバルテン家の食卓で研究してみてはいかがですか? あくまでも主役を引き立たせる、そんなビンゲン料理を」
「それはいい考えですね! 義父上、ぜひそうしましょう!」
「でもなぁ、アルベルト。ビンゲンが少ない料理は物足りないじゃないか。厨房にはもっと使うよう指示しているくらいなんだぞ」
「それでしたら別添えのソースなどを開発するのも手ですわね。ビンゲンを大好きになった人向けに、手軽に使える調味料として受け入れられるのではないでしょうか?」
「各自好みの分だけ振りかけるシステム! 素晴らしい! 義父上、これは前向きに検討すべきです!」

 人が変わったようにアルベルトが前のめりになった。必死さが伝わってきて、それほどビンゲン地獄から抜け出したいのだろう。

「随分と他力本願だこと」

 クリスティーナはアルベルトに向けて、見透かしたようにコロコロと笑い声を立てた。

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