ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第9話 託宣の誓い】

 最後に(えり)のラインを整えると、ラウラと名乗った女性はやさしげに目を細めた。

「とてもお似合いです、美酒の君様」

 最果ての街で三人がかりで着せられた衣裳を、ラウラは手際よく着つけてくれた。
 鏡に映った姿を見やる。唇には(べに)が濃く引かれ、赤のアイラインが色鮮やかに目元を強調していた。いつもの自分より格段に大人びて見える。これから特別な舞台に上がるのだ。そう思うといたずらに緊張が高まった。

「では泉に向かいましょう。聖杯様は先にお待ちです。準備が整い次第、託宣の神事が執り行われる段取りとなっております」
「神事ではどんなことをするのかしら? わたくし何も知らなくて」
「その時々で内容は変わると聞いております。どうぞシンシア様のご指示通りに」
「そう……」

 不安げに瞳を伏せると、ラウラは膝をついてリーゼロッテの片手を取った。

「待ちに待った神事でございましょう? 聖杯様もご一緒です。どうぞご安心してお(のぞ)みください」
「そうね。ありがとう、ラウラ」

 笑みを返すと、今度はラウラが真剣な面持(おもも)ちで見つめ返してくる。

「最後にひとつだけ大事なことをお伝えしておきます。神事が終わったあと、蜜月の館に入るまでは、はごろもの結びひとつ、決して聖杯様に(ほど)かせないようお気をつけください」
「ジークヴァルト様に、はごろもの結びを……?」
「ええ、そうです」

 神妙に頷いたラウラに、こてんと首を傾けた。ジークヴァルトがそんなことをしてくるとは思えない。だが念のために問うてみた。

「それは狼主(おおかみぬし)に食べられてしまうから?」
「ありていに言えばそういうことです。前回は聖杯様の我慢がきかず、少々面倒なことになったものですから……」
「前回の聖杯様?」

 シルヴィの話ではそれはイグナーツのはずだ。自分たちと同じように、十八年前父母も神事を受けに来たらしかった。

「そのときは、その、誰も食べられたりはしなかったの?」
「はい、幸い。美酒の君様がたいへん果敢(かかん)な方でいらっしゃいましたので」
「まあ、母様が……?」

 父イグナーツではなく、母親のマルグリットが狼と戦ったという事だろうか。どのみちふたりが食べられてしまっていたら、自分がこの世に生まれることはなかったはずだ。

「とにかくそのことだけはお気をつけください。もうお時間です。参りましょう」

 ラウラに手を引かれ、リーゼロッテはジークヴァルトの待つ泉へと向かった。

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